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格差をなくすには

たまたま見たYahoo!ニュースの記事で、少し前に不思議に思った弁護士の行動に合点がいった。

『「貧しいのは本人のせい? エリート階級に広がる「自己責任論」、乗り越えるには。格差問題の専門家に聞く』という、こちらの記事↓。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190708-00000001-withnews-soci

社会学者の橋本教授は、「世の中に貧困を自己責任とする考え方が広まっている」と言い、次のように続ける。

自己責任論には表と裏、プラスとマイナスの2つの側面があります。プラスは「自分が恵まれているのは自分のおかげだ」「自分が努力し、能力があったからだ」という側面です。これがマイナスにはたらくと、「自分が貧乏なのは自分のせいだ」となります。これは表裏一体です。

新中間階級(企業などで働く専門職、管理職、上級事務職)はこれまで勉強や仕事で成功してきた人たちです。この人たちはまず、自分の成功をプラスの側面で考える。「自分の地位や財産は自分で築いたものだ」という見方です。
そして必然的に、「貧しいのは本人のせいだ」となります。

これを読んで、「あー、なるほど、それでか」と思った。

1ヶ月ほど前、弁護士や医者がTwitterでいっせいに「自分たちがこの仕事をしているのは、自分たちが努力した結果ではなく、環境に恵まれていたからだ」というツイートをはじめた。

なかには、『カトリックの学校に通っていたので、受験に合格したときも「神様のご加護があったからです」と言われた。そのときは「僕が頑張って勉強したからなのに……」と思ったけど、今考えたら、「あなたは勉強ができる環境に恵まれていたから受かったのですよ」ということをオブラートに包んで言ってくれたのだと分かる』というツイートもあった。いや、そこは言葉どおりに受け取ってもいいと思うけどね……。

弁護士は、自分がどういう勉強をして司法試験に受かったかを語りたがる。自慢するというより教えたがりなんだと思うけど、どちらにしても『自分がいかに努力をしたか』という話であることに変わりはない。

だから、みんながいっせいに『努力できる環境に恵まれていただけ。弁護士になれたのは努力の結果じゃない』と言い始めたのに、ちょっと驚いた。『努力したのも事実であって、そこまで卑下しなくてもいいんじゃない?』と正直思った。

でも、Yahoo!ニュースの記事を見て、納得した。「貧困は自己責任」と言っていたら社会の格差は広がるばかりで、それは社会不安につながる。そして、「貧困は自己責任」という考え方を否定するには、「豊かなのは自分の努力の賜物」という考え方を否定すればいい。

もちろん、今朝の記事が直接の原因でTwitterにそういうツイートが溢れたわけじゃない。それでは時系列がおかしい。

ただ、『「貧困は自己責任だ」とする考え方の裏側には、「私が豊かな生活を送っているのは、私が頑張ったからだ」という考え方がある』というのは、別に目新しい話じゃない。

たぶん、何かで似たような話が出て、それがTwitterという狭い世界であっという間に広がったのだろう。

それにしても、「あるべき社会の姿」から「今とるべき考え方」を逆算するって、なんだか面白いな。

(しかし、なんでTwitterはあんなに弁護士と医者の棲息率が高いんだろう。「仕事行きたくない」とかいう弱音を吐ける場所がTwitter以外にないんだろうか)
(「……お前も棲息してるだろう」というツッコミは聞かなかったテイで)

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新月

名前が「新月」なのは、新月の夜に生まれたから。 弁護士、ときどき写真を使った文筆家。その実体は、ただのオタク。いろんな職場を放浪しています。
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