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一瞬の雲の切れ間に

「My heart was broken」

映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のクライマックスで名優ミシェル・ウイリアムズが元夫役を演じるケイシー・アフレックへ投げかける、強烈に印象的な台詞だ。自らの罪の重さに耐えていた心の内側が漏れ出てる姿には、ここまで涙腺が緩んでいたのかと驚かされるほど心が揺さぶられる。

『万引き家族』でカンヌ映画祭の話題をさらった是枝裕和監督のもとで撮られた映画『エンディング・ノート』で一躍脚光を浴びた映画監督・砂田麻美。彼女が紡いだ小説『一瞬の雲の切れ間に』にも自らの罪と対峙する人たちが描かれる。ある交通事故をきっかけに、狂ってしまった人生の歯車。事故を起こした女性の夫、その不倫相手、事故で死亡した子どもの母親。突然の悲劇に翻弄されてしまう関係者たちを、それぞれの目線から描く連作短編小説だ。

ひとつの事故をきっかけに物語が動いてつながっていく。事故が原因で失ってしまったものもあれば、事故をきっかけに動き出したこともある。一読して映画『バベル』を思い出した。『バベル』は一発の銃弾で巻き起こる4つの物語が織りなす作品だ。別々の場所で各々の人生を過ごしていた人たち。事件を通じて登場人物たちの繋がりが見えてくる。一方で、それぞれが自身のコミュニティでつながりを持てず、ラストへ進むほどその孤独が鮮明になっていく。事件をきっかけに浮き彫りになるコミュニティ内でのつながりの重さが描かれる重厚な作品だ。

交通事故を起こした妻は外出することができなくなる。夫は不倫相手と別れた。不倫相手は依存する相手がいなくなる。息子を亡くした母親は働いていた職場を辞めた。事故をきっかけに、関係した人たちの心理が重苦しい暗闇へ飲まれていく。事故を起こしてしまった罪を背負い続ける女性。事故を起こすきっかけを作った後悔と生きる男性。息子のことを考えずに過ごす日常を嘆く母親。ひとつの命が奪われた逃げ場もやり場もない事実が、登場人物たちを苦悶で包む。

彼らはそれぞれの暗闇と正面から向き合い、漆黒の霧の正体を見極めようとする。その切れ間から一瞬だけ差し込んだ一筋の光を彼らがどう受け止めたのか。壊れてしまいそうな心をつなぎとめておいたものは何だったのか。ぜひ本書でその姿をご覧いただきたい。

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