どろんこバレーボール大会

 とある地方自治体が地域おこしをやることになり、名産品や観光地もなく、悩んだ結果、身近にある田んぼを活かして、どろんこバレーボール大会を開催することにした。それに関して、人から聞いた経緯がとてもおもしろい。

 1年目は周知不足もあり、近所の人が参加するだけのこぢんまりしたイベントだったが、2年目は都会に住む親戚や友達なども参加するようになり、自然に触れられたり、どろんこになれるのが楽しいと、好評を博するようになった。
 年々、人気が高まり、それに伴い、元々の主旨であったバレーボールの方にも皆が力を入れるようになった。参加する各チームは、試合を楽しむだけでなく、優勝を目指して、チームの人選も本格的に考え始め、ママさんバレーに通っているママ友や、息子の同級生の運動神経のいい高校生などを誘ってチーム力を向上させていった。その結果、どろんこバレーボール大会はさらに盛り上がり、参加する側も応援する側も熱の入る、大人気のイベントとなった。
 その次の年、事件は起きた。あるチームが優勝を狙うべく、元実業団の選手をスカウトして、どろんこバレーに参戦してきたのである。当然のことながら、実業団上がりの人間は次元が違う。ママさんバレーや運動神経の良い高校生などとは比較にならないポテンシャルを発揮。壁のような長身とバネの如きジャンプ力と殺人級のスパイクを駆使して、相手を完膚なきまでに叩きのめし、トーナメント全戦を圧勝。目標通り優勝を奪い取った。

 それは、奪い取ってしまったと言うべき行為であった。ボロ負けしてしまった他のチームのメンバーらは興ざめし、一気にやる気を無くしてしまった。理由は簡単に言えば「空気読めよ」である。地域おこしでやりはじめたイベントであるから、”危険行為禁止”程度の決まりはあるが、厳密なレギュレーションやルールなどなく、ましてや元プロや元実業団をメンバーに加えてはいけないという制限もなかったので、その優勝チームは何も間違ったことはしていない。だけれども、参加している人たちの中になんとなくふんわりとした共通認識として存在していた「わいわい楽しく真剣にやろう」という不文律を、そのチームはぶち破ってしまった。誰も公には口に出さないが、「そんなんされたらもう楽しめんわ」と、優勝チーム以外の全参加メンバーが心のうちに不平を抱いてしまい、どろんこバレーに対する情熱は急速に冷めてしまったのである。
 翌年もどろんこバレーは開催されたが、参加チームは減少。けっきょくそのままフェードアウトして、このイベントは終息することになった。

 元実業団を連れてきたチームを責めるつもりはさらさらない。ましてや参加した元実業団の彼に何の落ち度もない。彼らはルールを破ったわけではないからだ。ただ、こういう行き違いは世の中にはよくあることで、楽しもうという場の空気を読めない人は多くいる。純粋に結果のみを追求するのではなく、過程も含めて楽しむ場、その日一日をエンジョイする空間に、プロとかプロ仕様とかを持ち込んで、それによって蹂躙する人。BBQキャンプに業者を連れてくるような分かってなさ。素人が素人なりに組んだ余興という名の脆い足場をあっさりブルドーザーで破壊してコンクリートの基礎を作ろうとしてしまうやっかいさ。
 たった一つの行動で全員の興味がさっと引き潮のごとく去っていってしまう。その典型として、これほど分かりやすくめちゃくちゃおもしろい例もないので、このエピソードがとても好きである。

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