ナイキのスニーカーを捨てた

 ナイキのスニーカーを捨てた。
 道頓堀川と御堂筋が交差する一等地に立つ、今は驚安の殿堂が訪日客相手にドラッグを売りさばいている12階建てのビルに、スポーツタカハシが入っていた頃、そこでナイキのバッシュを買った。エアレイドというモデルで、X状の2本の交差したストラップが甲を覆っていてフィット感が良い。とても気に入った僕は当時毎日のように履いていたが、このストラップの脱着が面倒なこともあり、徐々に儚く履かなくなっていった。

 数年が経ち、ふとあのバッシュのことを思い出して、靴箱に眠っていた彼を取り出し、久しぶりに足を入れ、僕は買い物に出かけた。電車を降りて歩道を歩いていると足元に違和感を気づいた。バッシュのソールが剥がれてペジーコペジーコペコペコになっているではないか。加水分解だった。
 スニーカーのミッドソールは年数が経つにつれて空気中の水分と結合し脆くなってくる。日頃から履いていると不思議と長持ちするが、靴箱などで長期間放置してしまうと一気に寿命が縮む。まさにこのエアレイドの生涯である。
 人が多々往来する公道で靴底の抜けたバッシュを履いていることをバレるわけにはいかない。人間の尊厳に関わる。僕は必死に摺足で歩いた。日本の都市計画におけるバリアフリー化の遅れを嘆きながら。ふと見上げるとそこには12階建てのビルディングがあった。スポーツタカハシだった。エアレイド、お前、そうか最後にもう一度ここに戻って来たかったんだな。僕は彼の気持ちに応えるべく、更に摺足で店内へと進みゆき、最小限の上下動でエスカレーターを攻略し、スニーカー売り場へとたどり着いた。

 店員に事情を説明し新しいスニーカーをその場で履かせてもらった。エアレイドはそこで天命を全うし、力尽きた。
 その時買ったエアマックスはその後もっとも履いたスニーカーのひとつになる。エアレイドの魂を受け継いでくれたのだろうきっと。

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