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『コーチ』 という生き方。

こんにちは。
この記事に目を通していただき、ありがとうございます。私は、キャリア支援事業を運営している大坂谷(オオサカヤ)です。


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さて、本題に入りますが

【独立起業して3年目が事業の分岐点】

このように言われることが多いですが、2021年で4期目(複業時代を含めると7期)になります。

この3年を思い返せば、良い思い出・悪い思い出、それぞれたくさんあります。
泥水をすする思いは何度もしましたし「自分の足で立てていたのか?」と自問すれば実際は周りに助けられてばかりでした。

今回は、コーチ一本で活動したこの3年を振り返りつつ「プロコーチとして生きることは、どういうことなのか?」ということを言語化していきます。


今回の内容はラジオでも収録しています。お好みの方法でご視聴ください。

▼Spotify


❙内容が役に立ちそうな人


以下ような目標・課題感がある人の参考になるよう言語化します。

・副業コーチを目指している
・プロコーチとして独立を目指している
・コーチという仕事(生き方)に興味がある

実際のところ「プロコーチで独立」という人はたくさんいるのでステレオタイプな内容になると思われるかもしれません。

しかし

私が周りと少しだけ違う点は、個人向けパーソナルコーチングだけをやっているという点でしょうか。

終盤で語ろうかと思いますが、私はある理由があって独立後の最初の3年は1対1のパーソナルコーチングだけに注力すると決めていました。

つまり

一定数いらっしゃるような[研修講師✕コーチ業]や[コンサル業✕コーチ業]、このような事はほとんどやっていませんでした(格好良さげに書いていますが、ただ単に能力不足だったという説もあります)

このため

コーチとして独立するとはどういうことなのか?
コーチとして生きると言う事はどういうことなのか?
コーチをライフワークにするとはどういうことか?

この辺については、プレーンな情報として語れるかと思います。

では、早速始めていきます。


❙コーチは「家」の職業


独立後、最大の気づき。

それは

コーチは「家」のつく職業と同じだということです。

「家」のつく職業とは【小説家、音楽家、画家、起業家、書道家、華道家、企業家、武道家、写真家・茶道家】など。

これらの職業に共通する事は、どの職業もそれに従事する人の『在り方(人生観とか思想、生き様)』が反映される(問われる)職業です。

例えば「武道家」であれば、

・流してきた悔し涙
・血の滲むような稽古量
・向き合ってきた対戦相手
・応援してくれる人への感謝の想い

これらがファイトスタイルに直接的に影響すると思います。

「陶芸家」であれば、

・触れてきた土の数
・失敗した作品の数
・迷走し、葛藤した数
・見聞きしてきた作品の数

こういったことが生み出す作品に直接的に影響すると思います。

「家」こそつかないものの、本質的には「コーチ」も同じです。

・聴いてきた人生観や哲学
・触れあってきた感情の量
・自身の成功体験・失敗体験の数

こういったことがクライアントと生み出すコーチングに直接的に影響・反映されます。

もちろん、コーチの倫理的に考えると、自分の思想とか価値観を手放してクライアントと対峙する必要があるといえます。

しかし

コーチはロボットでも人形でもないので完全に手放すことも難しいです(人間味を感じないコーチというのも寂しい気がします)。

だからこそ『在り方(人間性や道徳心、倫理感など)』も育んでいく必要があると思います。

もちろん

この『在り方』だけで仕事が成立するわけではありません。

「写真家」も無作為にシャッターを切っているわけではありません。
構図の作り方、露出の調整、仕事道具のメンテナンスも怠りません。このような知見や技能があるからこそ、たった1枚の写真で人の心を奪うことができるのだと思います。

「格闘家」もがむしゃらに戦っているわけではありません。
経験と体験に裏付けられた技能や知見があるからこそ拮抗した試合運びになりますし、見ている人を高揚させたり、ときには涙を流すほどに感動させることができるのだと思います。

「コーチ」も同様に、直感だけで対話しているわけではありません。
理論や経験に裏付けられたプロセスやアプローチで対話を進めますし、日々のセルフコーチングも怠りません。だからこそ、クライアントのあらゆる目標や課題に対して導けるのだと思います。

このように、やり方・在り方のいずれも欠かせません。そして、ことコーチングにおいては「在り方」を重視した方が良いということを独立後に実感しました(在り方を重視になった背景は、終盤に綴ります)


❙違和感に学んだ「在り方」


なぜ、『在り方』が大事と感じたのか?

この背景も語っていきます。そのきっかけは独立前まで遡ります。

それは

複業コーチとして活動し始めた頃、仲間内で飲みに行ったときの出来事です。

その席では、当時、お願いしていた私のコーチもいました。みんなで互いの夢や目標を語ったり、鼓舞し合ったりしてました。

終盤、話が盛り上がってきた時、あろうことか私のコーチが、コーチングセッション内で私が話した内容を、みんなの前で話していました。

(言われて困るような話では無いのですが、やや恥ずかしい内容だったので「穴があったら入りたい…」という状態になりました)

その時、

そのコーチの在り方に対して違和感を感じました(怒りとかではありません)。
コーチングを受けたことある人はわかるかもしれませんが、コーチはセッションの前に必ず「守秘義務があるので、安心して何でも話してください」といいます。

しかし

この言葉とは裏腹に、皆の前で「勇輝さん、◯◯したんですよね!」という内容をあっさりと公言してしまいました。

日常会話であれば「言われて困るような事は、話さなければ良い(自分が気をつける)」で済みますし、誰かに迷惑がかけるような話でもありません。

ただ、ことコーチングにおいては守秘義務があるので違います。

クライアント視点では「おい、このやろう(これは半分冗談、半分本気)」と思いましたし、「本当に重要な事は、この人には話せないわー」とも思いました。

コーチ視点では「発言と行動には気をつけよう」と思いました(違和感はコーチに共有しつつ、円満な関係でコーチングは受け続けました)。

『在り方』が大事ということを、他の職業で例えてみてもわかりやすいかもしれません。

例えば

・花に水を挙げない華道家
・家族に手をあげる武道家
・コーラしか飲まない茶道家
・公約を守らない政治家(わりと見聞きしますが)

「何が嫌か?」と言われたら言語化が難しいのですが、何となしに嫌ですよね。

ことコーチにおいても同じです。

・口の軽いコーチ
・夢を諦めたコーチ
・挑戦しないコーチ
・人に関心のないコーチ

技術があったとしても、お願いするのを躊躇してしまうかも知れません。

もちろん「家」のつく仕事をしている人たちもロボットではなく人間なので、花に水を与えることを忘れることもあります。コーラを飲みたくなることもお酒に溺れることもあるかと思います。そして、「夢が実現しないんじゃないか」と疑心に苛まれることもあります。

ただ、言葉と行動が一致させようとする様を見せてくれるほうが、単純に信頼できます。


❙「コーチ1本」と決心


ここまでの『在り方』の話にも繋がるのですが、私が「パーソナルコーチ1本でやっていく」「在り方を重視して生きていく」こう決意した背景も語っていきます。

独立前に、このような経験がありました。

フリーランスでプロコーチをされている方に、独立に向けた相談をした時のやりとりです。

「どうしたらコーチとして独立してやって行けますか?」

このような質問をしました。

すると

「正直、コーチ1本で食っていくのは相当難しいよ。俺だって研修講師やっているからね。コーチ仲間もバイトをしながらやっているよ」

このように回答いただきました。

確かに事実は事実ですし、現状把握が甘かった私には有り難い情報でした。

しかし

この回答を聞いたとき「普段は目標達成を応援する人でも、心のどこかで"前例のない事は実現できない"とか想ってたりするんだなぁ」と思いました。

このこと自体に良し悪しはないですし、仮にそう思っているのだとすれば、それでも支援できる器用さが凄いとも思いました。

ただ、私個人としては心にも想っていないことを口にできないタイプなので「道がないなら道を作ろう」と決意しました。

つまり「コーチ1本はムズい」という事実は事実として受け止めつつ、その上で「個人向けのパーソナルコーチングだけで仕事が成立すると言うことを自分が証明する」と心に決めました。

これが証明できたとしたら、道なき道を歩もうとするクライアントに対して「道がないなら自ら作ればいいし、あなたは道を作れるだけの力がある」そう心の底から言えると思いました。


それから数年後

私は心から「道がないなら自ら作ればいい」と言えるようになりました。そして、クライアントたちにも肯定的な影響が出ている実感もあります。

このように、心の奥底から「あなたにはできる」と言えたその時「在り方って本当に大事なんだなぁ」と心の奥底から実感できました。

これが私が「パーソナルコーチ1本でやっていく」「在り方を重視して生きていく」こう決意した背景です。


❙コーチとして生きること


これらのことを踏まえて

「コーチとして生きることがどういうことなのか?」

ここについてまとめていこうと思います。

あらゆる角度から考えてみたのですが

「如在の心を持って生きる」

結論は、この一言に尽きるのかなと思いました。

言葉の意味は

如在の心=常に誰かがそこにいるかの如く行動しするという意味

おじいちゃん、おばあちゃんが言いそうな「お天道様が見ているよ」というニュアンスでしょうかね。

かの西郷隆盛も、以下のことを座右の銘としていたとか。

人を相手とせず天を相手とせよ。天を相手として己を尽くし、人をとがめず、わが誠の足らざることを尋ぬべし

少しわかりにくいですが「他人ではなく、自分と戦い(向き合い)なさい」という感じでしょうか。

確かに

人は誰も見ていないと思うと、掃除の手を抜いてしまったり、ため息をついたり、つい誰かの悪口を言ってしまったりします。もちろん、誰も見ていないので誰の迷惑になることもありません。

しかし

1つだけ確かな事はあります。

私のやっている行動は、私自身が見ていると言うことです。
同じように、今これを読んでいるあなたの姿勢・表情・態度・内言語(内側で発している言葉)これらの全てを、あなた自身が常に見聞きしています。

人の身体は食べたもので作られると言います。
同じように、人の『在り方』は日常の言葉や態度などで作られると思っています。

この話と「コーチとして生きること」がどう関係しているのかというと

コーチが他の職業と大きく異なるところは、生身の人間として対峙することです。何かの商材や商品、表現を届けるのではなく、1人の人間としてクライアントの目の前に座ります。

だからこそ、クライアントと対峙するコーチの『常日頃の在り方』はクライアントに影響を与えます。

この在り方は一朝一夕で整わないと思っています。
このため、常日頃から在り方を整えていく必要があると思っていますし、その必要性はコーチングをすればする程に実感します。

冒頭の繰り返しになりますが

「コーチとして生きることがどういうことなのか?」

この結論は

『如在の心をもって生きる』

こういうことだと思っています。

ちなみに「在り方を整えるために何をしているのか?」ということについてはハウツーレベルの話になりますし、それであればググれば出てきそうなので今回の記事では割愛します。

もしニーズがあれば別の機会に綴らせてさせていただきますので、一応ざっくりとシェアをさせていただくと

・思考のクリアリング
・感情のセルフコントロール
・チャレンジングな行動習慣作り
・「決めたらやる」という習慣作り

このようなところでしょうか。

他にも「心や思考が乱れてる」そう感じるときには読書しています(この読書に関しては属人的なので、下部に書籍のURLを貼っておきますので興味ある方はチェックしてみてください)

実際、私自身も発展途上ではあるので、何かアイデアがあればシェアしていただけるととても嬉しいです。


❙まとめ


今回の内容は、やや抽象度高く綴ってきました。

改めて冒頭に共有させていただいた以下の課題・目標のある人に、今回のポイントをダイジェスト版でお伝えします。

<課題・目標>
・副業コーチを目指している
・プロコーチとして独立を目指している
・コーチという仕事(生き方)に興味がある

<回答>
自己管理!

以上!



◉在り方を整えてくれる本(大坂谷主観)

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こころのチキンスープ(生きることは愛すること)
└負の感情が生まれた時に読む1冊

こころのチキンスープ(涙が教えてくれたこと)
└上記同様、涙なしには読めない1冊

アルケミスト~夢を旅した少年~
└挑戦心・冒険心を駆り立てる1冊

7つの習慣
└毎年、年始に読んでいる1冊

エッセンシャル思考
└思考が乱れた時にマストで読む1冊

生きるために大切なこと
└コーチングがブレ始めた時に読む1冊

「コーチングについて詳しく知りたい」という方は以下の記事もどうぞ。



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