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ヘッセ詩集「旅の秘術」は人生の旅路に似ています

皆さまこんにちは、Biz Craftです。
今回は私の大好きな詩人「ヘルマン・ヘッセ詩集」からインスピレーションを受けた詩をご紹介します。

早速で恐縮ですが、まずは詩文をご覧ください。

あてどないさすらいは、青春の喜びだ。
青春とともに、その喜びも色あせた。
それ以来、目あてと意志とを自覚すると、
私はその場を去った。

ただ目的だけをせわしく求める目には、
さすらいの甘さはついに味わわれない。
森も流れも、あらゆる途上で待っている
一切の壮観も、閉ざされたままだ。

これからはさらに旅を味得しなければならない、
瞬間のけがれない輝きが、
憧れの星の前でも薄れることのないように。

旅の秘術は、世界の輪舞の中に加わって
ともに動き、
憩うている時にも、
愛する遠いかなたへ向かって、途上にあることだ。

ヘッセ詩集 高橋健二 訳

いかがでしょうか?
これには読者によって様々な解釈があるでしょう。
以下、この詩に対する私なりの考察を加えたいと思います。

あてどないさすらいとは何でしょうか?
これは人生に例えると、やりたいことにチャレンジすることだと思っています。
これは若い頃にしか味わえない特権で、年を経るにつれてだんだんとその意志は薄れていくものだ、とヘッセは訴えているのでしょう。

私はチャレンジ精神に年齢は関係ないと思っているのですが、次節以降でその真意が隠されているように思います。
一旦、次の考察を続けます。

ただ目的だけをせわしく求めるとは何でしょうか?
よくある例えでいうと一流大学とか一流会社に入る、などでしょうか。
そのようなことだけを求める者には、やりたいことをやった末に味わうことのできる充実感が得られないのだ、とも解釈できそうです。

ヘッセのいた時代から、目標を目的と取り違え人生の目的を達成したと錯覚してしまう方は多かったのでしょう。
ですが目標は人生をより良くするための手段であって最終目的ではない、
とヘッセは訴えたかったのかもしれません。

これからはさらに旅を味得しなければならないとはどんな事でしょうか?

ここであてどないさすらいとクロスしてくるように思います。
人生も折り返し地点に差し掛かったころに、再びやりたいことにチャレンジする意欲が蘇ってきたということでしょうか?
そう解釈すれば、年を経るごとに失っていくチャレンジ精神と矛盾しないように思えます。

やはりやりたいことをなさっている方は実年齢よりも若く元気に見えることが多いと思います。
私もそのような年齢の重ね方を目指したいと思っています。

旅の秘術は、世界の輪舞の中に加わって(中略)途上にあるとは、どういう事でしょうか?
こうは言い換えられないでしょうか?

人生を味わう秘訣とは、人の輪の中に入り交流をしていくことだ。
そしてそれは決して休まることのない人生の目的なのだ。

生きづらさを抱え、孤独と自然を愛したヘッセでも、人とのかかわりあいを求めていたに違いありません。

私はヘルマン・ヘッセの作品には昔から何となく共感していたのですが、こうして深く読み解いていくとその謎がわかったように思います。
まだまだヘッセ詩集には魅力的な詩文が多く隠されていますが、今回はここまでとさせていただきます。

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