『あるはずのないお菓子』


冷蔵庫を開けると、見覚えのないお菓子があった。

いや、正確には見覚えがあるのだけれど、
数あるお菓子の、いずれ消えゆくであろう新商品の中の1つとして
認識していたものだった。

それがこうして突如として現れ、自分のテリトリーの中に
あっさりと入り込んでいる事実に驚き、思わずその姿勢のまま
ソファーにもたれスマホをいじっている妻に説明を求めた。

そして大方予想していた通り、
「美味しそうだったから買ってみたの」と、
プレゼントを開ける前の子どものような声が背中に響いた。

僕は苦笑いを浮かべると同時に、ふと思った。
「ああ、結婚するってこういうことか」と。

上手く言えないが、結婚の、なにかとても大切な部分が、
その小さな箱には詰まっているような気がしたのだ。

僕一人なら決して手を出さなかったであろうお菓子。
それが、まるで当然のような顔をして、我が家の冷蔵庫でくつろいでいる。

出会うはずがなかった、味わうはずがなかった味。
その体験、その喜びを僕は、僕の意思とは全く関係なく知ることとなり、
そしてほんの少し、けれど確実に、僕の人生はその瞬間に変わっているのだ。

「ふたりで生きる」という意味が、ストンと胸に落ちた気がした。

これまで誰も踏み込んでこなかった、
踏み込ませなかった自分の人生の真芯に、
あっけらかんと、次々に、新しい価値観が持ち込まれてくる感覚。
それによって変わっていくことを悪くないと思っている自分。

結婚ていいなと、いいもんなんだなと、
お菓子を食べながら思った。


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