見出し画像

隠れて生きよ

農林水産省系の国立研究開発法人は「役に立つ研究をしろ」という有形無形の “逆風” に日々さらされている.昨今の大学や研究機関は,それぞれ “お家の事情” があり,個々の研究者が好き勝手なことができる環境あるいは雰囲気はない.先日,所内で小課題検討会という年度計画の打ち合わせがあった.もちろん「中期計画工程票がぁ」とか「社会実装がぁ」とか盛り下がる論議はいつまでも果てしない.農研機構の雲の上からの御下命である「社会実装」というスローガンは,最初は右往左往していたが,一年も経てばそろそろ「はいはい」と軽くかわせるくらいのしたたかさ(生きるすべ)を農水研究員は身につけないとね.

打ち合わせの議論の中で「で,統計研修はこの小課題のどこに位置づければいいのでしょう?」という若手からの質問があり,即座に「どこにも位置づけてはならぬ」と返した.農水独法は中期計画で五年間の研究進行ががんじがらめにしばられている.農研機構主催とはいえ毎年実施している数理統計研修をどこかの小課題に組み込んだりした日には,「社会実装を “見える化” しろ」だの「PDCA をまわせ」だの,どーでもいいことをつつかれるのは目に見えている.さらに言えば,戦後以来半世紀以上も続いているこの統計研修を五年ごとに見直しだなんだといじられるのは問題外だ.だから,みだりに “紐付き” にさせないのがベストである.

まったくオモテには出していないが,やらなければならない仕事は “隠し田” でひとりでコッソリ続ける.農水独法で研究員を続けるつもりなら,それくらいの “面従腹背” というか “面の皮の厚さ” はきっと必要だろう.言い換えれば,研究者が自分の手の内を外に全部見せるのはスジの悪い生き方ということだ.

そういえば,かつてのワタクシの上司だった室長は,ワタクシが入省してすぐのころ,「みなかさん,農水省の研究員は個人としての “ライフワーク” をもってはいけないんです」と言った.オモテの研究業務を担うことが研究員の本務であって,それ以外には何もないはずなのがタテマエだと.しかし,その室長は「研究アウトプットを出し続けていれば誰も文句は言いません」と言いつつ,在職時代はめいっぱいウラの “ライフワーク” に邁進した.ホンネの生き方の理想である.

どんな研究環境であっても研究者キャリアをこじらせずにちゃんと築いていけばまちがいなく生き残れる.いろいろと不自由であることは確かな農水独法だが,気に病めば潰れる,気にしなければフリーダム. “天動説” は最後に勝つ.世界は自分を中心にまわっているのだから,とてもシアワセな研究者人生である.

——「隠れて生きよ(Λάθε βιώσας)」.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?