研究者人生のロシアン・ルーレット(続)

研究者人生のロシアン・ルーレット」(2015年5月10日)を書いてからもう二年が過ぎようとしている.下記は,まあ何というか,その続編みたいなもんだ ——

つい先日,筑波大学生物学類の「サイエンスライティング講座」受講生のインタビューを受ける機会があり,ひとりの研究者としてのライフスタイルについて話をした.研究者としての “心得” があるとしたらそれは何かと問われて,ワタクシが答えたのは下記の五箇条だった:

1. 根拠のない自信をもつ

2. 限りなく楽観的である

3. 好奇心アンテナが広い

4. 孤独な“天動説”主義者

5. 偶然を受け入れる構え

最初の四つは個人がもともともっているパーソナリティに関わることだが,最後の「偶然を受け入れる構え」についてはそうではない.

“たまたま” が「時空的にユニークな存在」としての個々の研究者を形成しているのであれば,ワタクシ個人のキャリア形成は他の研究者には当てはまらないし,逆に他の研究者が経験してきたできごとはワタクシには何の関係もないだろう.ましてや,ワタクシが経験してきたことを “教訓” のように無理な一般化をして他の研究者に押し付けがましく言うのは禁物だろうし,他の研究者のそのような “訓話” が何の意味もない妄言であることは “天動説” なワタクシにとっては自明である.

もちろん,他の研究者の生き方から研究者としての何かを “学ぼう” とすることはその人の自由なのでとやかく言うことは何もない.たとえば,ある分野で研究を進めるための基礎がまだできていない段階であれば,他の研究者の経験談(苦労話)は役に立つかもしれない.それは,たとえて言えば自然淘汰や中立進化がいつでもどこでも作動し得るプロセスであるのと同じく,分野を問わず個人を問わず,いつでもどこでもあてはまり得ることだからだ.

他方,個人研究史上の “たまたま” な出会いはそれこそ隕石の衝突や火山の噴火と同じ時空的にユニークなできごとなので,事前に予測することはできない.しかし,もしもそういうできごとに直面したときに,どのように対処するかは日頃からの心がけしだいでプラスにもマイナスにもなるだろう.ワタクシ自身は上にも書いた通り,偶然すなわち “たまたま” なできごとの連鎖によって研究者の道を歩んできたと自覚している.

他者から学ぶべきものがあったならばそれはシアワセなことだ.しかし,結果として何も学ぶことができなかったとしても悲しむことはない.それはアナタが他の研究者とはちがう道を歩んでいるというだけのことだ.エンジョイ!

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