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Creepy Nuts試論②:Rへの異常な愛情

Creepy Nutsの古参は新参に優しいということなので、消しカスの山は小さく抑えてペンを走らせたいと思う。


『明日のたりないふたり』へのアンサーとしての最新アルバム「Case」

伝説のオンラインライブ『明日のたりないふたり』の最後にゲストとして登場したCreepy Nutsは、彼らの代表曲「たりないふたり」をボロボロに泣きじゃくりながら披露し、「明日のたりないふたり」のバトンを受け取る。伏線はもちろんあった。ライブ中に若林が「たりない側」から「たりてる側」へと「都合の良いヘリコプター」で移動しようとしているときに、さんざん「たりない側」に残るデメリットを挙げた上で、このまま「たりない側」にいたって、この「たりないふたり」に影響を受けた人が日本のラップバトルの大会で3連覇したり、世界のDJの大会で優勝したりするぐらいの最高のこと「しか」起こらないじゃないか(大意)、みたいなことを発言していた。そして、ライブが終わる寸前に若林はCreepy Nutsにこう告げる。「頼んだよ。」

5月31日(月曜日)に行われたイベントだったので、その後の深夜ラジオ的なスケジュールでは;
6月1日、27時:Creepy Nutsのオールナイトニッポン0
6月2日、25時:山里亮太の不毛な議論
6月5日、25時:オードリーのオールナイトニッポン
6月8日、27時:Creepy Nutsのオールナイトニッポン0

という順で生放送が行われ、Creepy Nutsは1日のラジオでは「明日のたりないふたり」には案の定触れなかった。これは、2日と5日の山里亮太とオードリーの放送への配慮であったのは確かだ。もちろん主役だったふたりの口から先に「明日のたりないふたり」についての話をリスナーに聞いて欲しいというCreepy Nutsの優しさを感じたことを今でも覚えている。しかし、8日の放送でもこのオンラインライブについて触れないという事態に陥って私は気が付いた。Creepy Nutsは言語化できない、情報として処理できない重すぎる何かを「たりないふたり」から受け取ってしまったのだな、と。そして、Creepy Nutsが先月発売した最新アルバム「Case」を聞いてようやく、いかにそれが重すぎるか、それでも受け取ったバトンを持って活動していこうというCreepy Nutsの思いが垣間見れて感動した。ラジオではなく、音楽でちゃんとしっかりアンサーを返したCreepy Nutsは素直に偉い。

Creepy Nutsとは何者か

Creepy Nutsとは、ULTIMATE MC BATTLE(UMB)というフリースタイルラップバトル大会で2012年から2014年にかけて3連覇を達成した日本一のラッパー、R-指定とDMC(Disco Mix Club)World DJ Championships 2019のバトル部門で優勝した世界一のDJ、DJ松永が2013年に結成したヒップホップ・ユニットである。当時R-指定ガチ勢だった私にとっては、Creepy Nutsの結成に対する正直な感想は「こりゃだめだ、あ~るがこのままだとつぶれてしまう」だった。B-Boy ParkのMCバトル大会で3連覇をしたKREVA以来の偉業を成し遂げたR-指定にはソロで頂点まで歩んでいって欲しいという変な期待を当時は持っていた。それが、無名のDJとユニットを組んでしまっては売れるものも売れない、と(「オールザッツ漫才2012」のバトルで史上最年少で優勝した粗品が翌年せいやと『霜降り明星』と結成したエピソードと酷似している)。しかし私の予想は面白いように外れ、彼らの選択が正しかったことを時代が証明してくれた。私はここで敢えてこう断言したい。Creepy Nutsこそが現時点の日本のヒップホップにおいてNo.1 であり頂点である、と。なぜか。

R-指定とは何者か

私がR-指定ガチ勢になったのは2010年頃だったと思う。Youtubeでフリースタイルバトルをディグしていると、晋平太の「はじめの一歩」シリーズをよく見るようになって、B-Boy Park時代から相当ラップバトルが進化していたのが見て取れて感心したし、当時の晋平太のスキルは群を抜いていた。そして2010年のUMB MCバトルは順当に晋平太の優勝で幕を閉じた。決勝の相手だったFEIDA-WANには悪いが、素人目で見てもスキルの差が歴然だった。しかし、そのYoutubeのコメント欄に「1回戦が事実上の決勝戦だったわけだ」や「R-指定が準優勝」的なコメントが散見されたので「最強のMCが1回戦で苦戦???」と思って、1回戦を見に行ってヤられた。本当の天才がそこにいた、それがR-指定だった

『【フル映像】R指定VS晋平太 + 晋平太の想い-2010 UMB』

この動画を今まで何度見てきたか。今でも同じビートさえ聞けば、どちらのパートもそらで歌えるレベルである。それからR-指定のUMBの大阪予選、ENTER MC BATTLEなどネットで落ちている分はすべて見た。特に、2009年のERONE戦Surry戦、特に2011年のUMBの大阪予選決勝であるチプルソ戦はこれまた何度も聞いた。見事チプルソに勝ったR-指定はUMB本選へのチケットを手にする。この時は誰もがUMB決勝で晋平太VSR-指定の再戦を熱望していた。少なくとも私はそう期待していた。しかし、R-指定は1回戦であっけなくDOTAMAに敗れ、2年連続の1回戦敗退となった。

人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。(中略)堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。

坂口安吾『堕落論』

有吉弘行、爆笑問題よろしく、一度地獄を見た人間が這いあがってきたときの強さといったら凄まじいものがある。2012年のR-指定はそんな感じだった。3回戦のRITTO(沖縄代表)との試合を除けば、ほとんどベストバウトにも挙がらないぐらい圧倒的な差を見せつけていた。ここでようやく初優勝である。その後、2013年、2014年と、GIL戦呂布カルマ戦(それにしても呂布売れたねー。)、そしてDOTAMA戦と見応えのある試合を見事勝ち切り、3連覇を達成した。その時のR-指定の思いを彼は「刹那」という曲に書いている。これが私が最初に聞いたCreepy Nuts名義の曲である(もちろん『セカンドオピニオン』の「Dr.straingelab」や「R.I.P.」は聞いていたよ)。当初からCreepy Nuts結成に懐疑的だった私は、この曲のサビへの入り方が正直に言うとダサいと感じた

変わりゆくCreepy Nutsへの評価

しかし、ある曲から、というかとあるCreepy Nutsの曲のMAD動画からその評価が徐々に変わってきた。それは2014年(つまり「刹那」以前)のDJ松永の『サーカス・メロディー』に収録されていた「トレンチコートマフィア feat R-指定」に2010年代邦画の最高傑作である『桐島、部活やめるってよ』の映像に合わせた動画である。

Creepy Nuts(R-指定&DJ松永) / トレンチコートマフィア【MAD 桐島、部活やめるってよ】

ねぇ、すごい良かったんじゃない!?良かったよね?

吉田大八『桐島、部活やめるってよ』

うん、これはすごい良かった。なんだ、あ~るは「こっち側」の人間だったんだと思わせてくれた。あの何百という屍をわけて3連覇した絶対王者としてのR-指定ではなく、人間としての、そしてラッパーとしてのR-指定が見れた。そこにグッときた。そして決定的にCreepy Nutsへの評価をがらりと変えたのが、そう2016年の『たりないふたり』だった。まだ本家「たりないふたり」と知り合う前に彼らに対するオマージュを込めて題したこのアルバム。

もちろん「合法的なトビ方ノススメ」や「みんなちがって、みんないい」はMVの完成度も含めて素晴らしいと思ったが、しかし私はやはり「たりないふたり」という曲が一番好きだ。日本のヒップホップ史の中でもゼロ年代のRhymester以来ではないだろうか、ここまで裸一貫で己を自由に語ったリリックは。普通、ヒップホップは自分が如何に凄いかを語る。にもかかわらず、この楽曲で語られているのは、自分が如何にたりてないか、如何にボンクラか。しかも凄いのは、前半部で否定的に語られる「ウェーイが飛び交い まともな 脳みそない」「大きな声で騒ぐ陽気なタイプ」(たりてる側)がやっていることを後半部では本当はやりってみたいけど人の目が怖いからできないとまで告白している。ここまで自らをさらけ出した歌詞があっただろうか。Creepy Nutsはこれからこの路線でやっていくという意思を感じた。実際、DJ松永はこう書いている。

最初の作品は自分たちの人間性が伝わった方が良いだろうと考えた俺たちは、あなた[若林さん:引用者注]と山里さんを自分らと重ね合わせ、心いっぱいのリスペクトを込め「たりないふたり」という曲を作りました。(中略)俺たちは、本家「たりないふたり」のように己の傷を武器にし、ヒップホップ業界で戦っていくことを決意したのです。(中略)あなた[若林さん:引用者注]があの日傷を見せてくれたからこそ、俺も人に傷を見せる勇気を貰い、生まれた作品です。

DJ松永「解説ー解説の場を借りた個人的な手紙」、
若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』

その後も、Creepy Nutsは毎回ベストを更新してきた。「助演男優賞」、「よふかしのうた」、「かつて天才だった俺たちへ」。私はすべて間違っていた。おそらく、R-指定のソロではここまでプロップスを獲得してこれてなかっただろう。R-指定はDJ松永という最高/サイコな友達である「相方」を見つけたからこそ、彼のビートの上だからこそ新しい言葉を紡げ、素直な気持ちを吐けた。そして、Creepy Nutsは、最新アルバムである「Case」でまたベストを更新し、そしてそれは日本のヒップホップにおける頂点に到達した。なぜか。


そのサポートは投資でもなく、消費でもない。浪費(蕩尽)である。なぜなら、それは将来への先送りのためでも、明日の労働のためでもなく、単なる喪失だからである。この一瞬たる連続的な交感に愛を込めて。I am proud of your being yourself. Respect!