デジャブを引き留める -ミレ-⑴

さぁさ私は私の生活をゆっくり落ち着いて進めるのだ。
工場を抜け出し、宇宙エレベーターで急降下、回り道して家に帰ろう。
自販機で百円の缶ミルクを買い、玄関のオジギソウに全部お辞儀させたら、黒いカーテンを閉じる。

そんなわけで平日まだ日が暮れていないのに部屋にいる。
ミレは家のソファーで古びた毛糸のセーターに着替えると今日あったことを考えながら久しぶりに幸福な気持ちで薄い水色のミルクを琥珀のお酒に入れて飲み干した。
あの流星のように尾をひきながら走るデジャブを最初に見かけたのは月だった。今日は水星で見かけたけど。火星と木星には用がないから行かないみたい。人にも紙にも水にもなれるので、探すのが非常に難しいのだが、懐古趣味な香りで、その存在が見えなくても側にいることが分かる。
あ、強いデジャブの香りだ…
象が鳴いたと思ったらトラックのクラクションで、驚いて振り向いた時の角度、車のヘッドライトは眩しい逆光、目を細めてまつ毛で視界がボケる、踏み込んだ月面が硬い。景色が回って見えてきたな…今と過去の境目が曖昧になる…クラクラする…
そうだ、あの人がそばにいる。

次は別の星を探してみよう…中古屋でカメラを買おうかしら。呑気にふわふわ考えているそんな夕暮れ時であった。
うつつを抜かしてる場合じゃないぞ!ウタノが突然やってきて家の薄いドアをドンドン叩きガタガタ揺らし古びたチャイムを鳴らし始めた。
バーンと体をぶつけてドアを開けたので鍵が壊れた。なんて騒々しいのだろう!
左手でトランクをひきながら、右肩にボストンバックを担いだウタノは靴も脱がずに乗り込んできてこう言った。
「さぁ出発するよ。ここにいてはいけない」

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