あの日の諦めと、決意。

二回目の大学受験の最後の結果発表があったあの日、

私はこれからの人生の生き方について

一つ覚悟をした。


絶対に一年目で大学に行く、と決意していた私が

受かっていた併願校を蹴って浪人をすることにしたのは

行きたかった医者の道が諦めきれなかったこと以外にも理由があった。


私が一つのことだけに集中したらどうなるんだろう

この答えを知るための、丸一年かけた実験だった。

(そのために高額の予備校代を出してくれた親には頭が上がらない)

(絶対に大学の学費と合わせて全額返す)


そう、「あの日」は実験結果が出る日だった。

前期の第一志望の大学には既に落ちていて、

希望はあと一校に託されていた。


ネットでの合格発表。

受験番号があれば合格、なければ不合格。


私の受験番号は、なかった。


ああ、長い一年がこれで終わった。


もちろん、なんでこんなにやったのにダメだったんだろうとか

志望校もっともっと下げるべきだったのかとか

少しは思ったけれど、

その時の私の感情が悔しさだけに支配されなかったのは

これが実験結果だなと冷静に受け止められた自分がいたからでもあった。


合格発表を見た10分後には、私はダンスレッスンを受けていた。

この時点でダンス漬けになる大学生活はもう決まっていたのかもしれない。

踊りながら、心では号泣していた。そりゃ悔しかった。

でもディズニーのとってもハッピーな曲のおかげで、涙は溢れずに済んだ。



実験結果から考察できたのは、

「私にとって、一つのことだけに集中することがうまくいく方法ではない」

ということだった。


それは、

スペシャリストになることを諦めたということであり、

ジェネラリストになることを覚悟したということ。


何か一つのことで抜きん出ることが相当難しいことであるのと同様に、

広く手を出すことは難しい。

いや、広く手を出すこと自体は難しいことじゃない。

広く手を出した上で、自分のものにするのが難しい。


大学生になって思い知った。

今までの「色々できる」は、「色々やってみてる」レベルに過ぎない。

社会に出たら、やっていることではなくできることに対価が支払われる。

色々できるしなんとかなるだろうなんて考えは甘かった。


やりたいことはずっとやっていたい

その自分のわがままを満たすには、

手を出した全てのことのプロフェッショナルになるしかない。


それだけの意気をもってしても、

やっぱりその一つに懸けたプロフェッショナルには勝てない。

この現実は受け入れるしかない。


本気で一流になることを目指し続けて初めて、

コネクティングドットの点として機能する。


厳しいかもしれないけど

やりたいことはやる、という欲望は満たされているからいい。


色んなことに手を出してすごい訳でもない。

色んなことに手を出していい加減なわけでもない。

色んなことに手を出すことが、私の生存戦略だから。

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