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つよがり ①〜プロローグ〜

松下洸平さん再メジャーデビュー曲「つよがり」からイメージを膨らませて書き始めましたが、ディテールを書き込むうちに長くなったので分割する事にしました。
一応、3部作の予定です。(今のところ「つよがり」の要素はあまりないような気がします…)

建築や設計のお仕事については素人なので、色々ツッコミどころがあるかと思いますがお許しくださいm(_ _)m

彼女の手が好きだった。

細くて女性としては長い指、くるくると変わる彼女の表情と同じように、大きく動いて喜怒哀楽が伝わってくる手。

時計の針の音が聞こえてきそうな静かな会議室。
行き詰まった重苦しい空気が漂う会議中、僕は斜め前に座っている彼女の手を見ていた。
会議資料を見つめ、集中して何かを考えている彼女の手はボールペンをくるくると回している。
真剣な彼女の表情、細くて長い指をこっそり見るのが会議中の僕の密かな楽しみだった。

会議が行き詰まって沈黙が続く時間…
永遠に続くと思われた沈黙を破ったのは彼女だった。
「意見も出尽くしたみたいですし、今日はここまでにしませんか?この続きは各自持ち帰って次回までの宿題という事で…」
彼女が切り出すと「そうですね、それじゃ次回までの宿題という事で…」ホッとしたように他の出席者も続けて発言する。

「さっき、私の事見てたでしょ?」

突然の彼女の言葉に、「えっ!?!?」目を白黒させて喉をつまらせそうになり咳き込む。
お昼過ぎに会議が終わり、僕と彼女は近所の定食屋で昼ごはんを食べていた。

慌ててお茶を一口飲み「えっ?!いや、それは、えっと…」と焦っていると、「会議が行き詰まると皆んな黙っちゃうし、沈黙の時間が続くとチラチラ私を見るんだよね。何か発言しろっていう無言の圧力っていうか…」
焼き魚定食の秋刀魚を食べながら彼女は続ける。

「会議のあの時間って無駄じゃない?黙ってただ時間が過ぎるのを待つ時間。他にやる事色々あるんだから、意見が出尽くしたらさっさと終わればいいのに。」

何だ、そういう事か…
ちょっとホッとしながら彼女の話に頷き、日替わり定食の最後の一口の唐揚げを口に運ぶ。
会議中に黙って時間が過ぎるのを待つ時間が無駄だと言う彼女の言葉が彼女らしくて思わずふふっと笑ってしまう。

「えっ?私何かおかしい事言った?」
不服そうな顔で僕を見る彼女。

「いやいや、全然おかしくないよ。何か小川さんらしいなぁと思って」僕は慌てて説明する。

「会議中のあの雰囲気の中で発言できる人って、僕は小川さんしかいないと思うな。
皆んなそう思ってるから、小川さんが何か発言するのを待ってるんだと思うよ。
でも、それって皆んな小川さんの実力を認めて頼りにしてるって事じゃない?
そういうの僕は少し羨ましいけどな…。」

僕の言葉が予想外だったらしく、急に彼女はトーンダウンする。

「えっ?そんな事思った事もなかった…。
そうかな…そう思っていいのかな?」

一瞬考えた後、綺麗な箸使いで小鉢の煮物を口に運ぶ。
その彼女の手をじっと見てしまい、今度こそ彼女に「うん?」と怪訝そうな顔をされてしまった。

「どうかした?」と彼女に聞かれ
「いや、綺麗に魚食べるんだなぁと思って…」と思わず誤魔化したが、実際に彼女の皿に残っているのは秋刀魚の頭と尻尾だけだった。

「あぁ…よく言われるんだよね。
うち、両親が共働きで夕食は近所に住んでるおばあちゃんが作ってくれてたんだけど和食が多くって。魚の食べ方も綺麗に食べなさいって厳しかったから…それで。」

「へぇ…そうだったんだ」と相槌を打つ。

「子供の頃は友達の家が羨ましくって。
友達がお母さんにグラタンとかロールキャベツとか作ってもらってるのに、私は焼き魚とか煮物とか何か地味で。」

「あぁ…確かに。子供受けするメニューじゃないかもね。」

「でも私の為に作ってくれてると思うと、友達の家が羨ましいっておばあちゃんに言えなくて。
でもね、誕生日には私の好きなものを作ってくれてね。オムライスとか海老フライ、色々リクエストを聞いてくれたんだよね。」

子供の頃の彼女を思い浮かべて笑みが溢れる。

「でもさ、仕事で疲れてる時とか、これから忙しくなるぞ…って時、そんな時に食べたくなるのはおばあちゃんが作ってくれた、あのご飯なんだよねぇ。
おばあちゃんが作ってくれたご飯、食べたらちゃんと栄養が体に行き渡る感じがして。
子供の頃から『自分の食べた物が自分の体を作るんだよ』ってずっと言われてきたから。」

「素敵なおばあちゃんだね。僕もおばあちゃんのご飯食べてみたいなぁ。」
誤魔化すための咄嗟の一言が、思いがけず彼女の子供の頃の話を引き出して僕はちょっと得した気分になった。

「秋山くん、ちゃんとご飯食べてる?
最近、ちょっと痩せてきたんじゃない?
ただ食べるだけじゃなくて栄養ある物食べないとダメだよ。」
結局、最後は彼女から食生活についてアドバイスをされてしまった。

僕たちは来春開業予定のホテルのプロジェクトを担当していた。
ホテルのコンセプトや設計には彼女のアイデアが採用されていて、開業まで1年になった今年の春から彼女はプロジェクトリーダーとして最終準備を進めていた。
そんなプロジェクトに僕が加わったのはそれから数ヶ月後、夏の暑さが厳しくなってくる頃だった。もともと僕の専門は住宅関係だったが、計画に遅れが出てサポートメンバーとしてこのプロジェクトに参加する事が決まった。

プロジェクトに途中から参加する事になって僕は少し緊張していた。
自分の専門外、それも大きなプロジェクトに参加する事。初めて一緒に仕事をするメンバー達…

同じ会社で働いていても専門が違えば接点も無くて、プロジェクトに合流する日の僕は転校生のような気分だった。
でも、挨拶した僕への彼女の「よろしくね。」という言葉と笑顔がそんな緊張をほぐしてくれた事を、今も時々思い出す。

彼女と一緒に仕事をする事になって数ヶ月経ち、夏が終わり秋も深まりつつあった。

途中からプロジェクトに参加して最初は少し遠慮する部分があった僕も、彼女のざっくばらんな性格と細かい気遣いのお陰でいつの間にか他のメンバー達に溶け込んでいった。

仕事中の彼女はとても気持ちの良い人だった。
年齢、経験の長さ関係なくフランクに接する人懐こい彼女の周りにはいつも笑い声が絶えず、顔をくしゃくしゃにして気取らず大声で笑う彼女を見ると、疲れていてももう少し頑張ろうと思える。

大きな建物の設計は専門外の僕だったが、彼女との仕事は刺激的だった。
彼女は僕の今までの経験やアイデアを大事にしてくれ、会議室で図面を前に2人で話をしだすと新しいアイデアがどんどん湧いてくる。
そんな時間の積み重ねが僕と彼女の絆を強くしていった。

僕は彼女に惹かれていた。
いつから?と聞かれてもよく分からない。
毎日、彼女と一緒に仕事をしながら少しずつ少しずつ僕の心に彼女が染み込んでいった。

彼女と仕事仲間以上の関係になりたい…
その気持ちがどんどん強くなっていく。
でも、仕事中の彼女の真剣な顔を見ると、今の2人の関係に恋愛を持ち込む事は彼女にとても失礼な気がした。
僕は彼女と一緒に仕事が出来る事、側で彼女を支える事が出来る事、今はそれだけで十分だと自分に言い聞かせていた。

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