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小説『逆さまの空へ』

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沖武仁は治験アルバイトの説明会で同級生の元プロ野球選手・信田朝文に遭遇する。ままならない人生を抱えた男2人が起こす化学反応!(マガジンヘッダー画像:悠凛さん作)
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小説『逆さまの空へ』連載再開のお知らせ

小説『逆さまの空へ』連載再開のお知らせ

【連載再開のお知らせ】来週より小説『逆さまの空へ』の連載を再開します。

それぞれままならない人生を抱えたかつての同級生が再会を果たす。フツウの人生を歩んできたことに劣等感を抱える沖武仁、野球選手として一瞬華やかな舞台に立った信田朝文。これまで交わることのなかった2人が起こす化学反応。そして絡み合う過去を乗り越えていく。

マガジンヘッダー画像を悠凛さんが制作してくださいました。ありがとうございま

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逆さまの空へ 1- ①〔小説〕

逆さまの空へ 1- ①〔小説〕



 間違いない、あれは信田朝文(しのだあさふみ)だ。
 まさかこんなところで見つけるとは思っていなかった。その名前が意識にのぼるのも、もう何年ぶりか分からないくらいだ。

 薄汚れた白い壁の前に並べられたパイプ椅子の列がある。4人の男性が疎らに座っており、左から2番目にいるのが信田と思しき男だ。
 椅子はずいぶんと小さく見える。肩も尻もその中にまったく収まっていない。
 信田は身長も横幅も成人

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逆さまの空へ 1 - ②〔小説〕

逆さまの空へ 1 - ②〔小説〕

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『逆さまの空へ』1-①

「……ですので本日は治験開始前の血液検査をさせていただき、その結果に問題がなければ2週間後より服薬開始となります。
その後は服薬開始から1週間、2週間、4週間、8週間、12週間後の血液検査を受けていただく流れです。毎回この施設に足を運んでいただくこととなります。
ここまでで何か質問はございますでしょうか?」

 治験担当の医師からの説明を、武仁は

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逆さまの空へ 2 - ①〔小説〕

逆さまの空へ 2 - ①〔小説〕

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『逆さまの空へ』1-②



 過去は代わる代わる浮かんでは消えていく。水面に雨だれが描く波紋のように。後に何も残さないところも、過去とよく似ている。

 治験の説明が行われた施設の最寄駅から、2回路線を乗り換えて自宅近くの駅に到着した。ヒトの足とは便利なものだ。武仁は改札口を出た時、心底そう思った。脳がどれだけ他のことに取り憑かれていようとも、夕方に外にいれば、何とな

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逆さまの空へ 2 - ②〔小説〕

逆さまの空へ 2 - ②〔小説〕

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『逆さまの空へ』2-①

 武仁は自問した。いったいなぜこんなバイトに参加したのだろうか。生活が困窮しているわけでもない。遊ぶ金が欲しいわけでもない。暇つぶしなら他に方法はいくらでもあっただろう。
 ……おそらくは「繋がり」を断ちたくなかったのだろうと思った。どんなに些細なものでも過去はひとつの繋がりに違いない。糸が切れて放り出されたくなかったのだ。今、家族という大きな繋

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逆さまの空へ 3 - ①〔小説〕

逆さまの空へ 3 - ①〔小説〕

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『逆さまの空へ』2-②



 信田朝文は夢にも現れた。寝入る前から予感していたことが見事に的中した。武仁は夢の中で、やはりと思う。現実の思考と夢の中の思考に連続性があることに、さほど疑念を抱いていなかった。

 信田は所属していたプロ球団のユニフォームに身を包み、マウンドに立って投球を繰り返した。投げ続ける大型投手の後ろ姿は、武仁の視界の中央に固定されていた。白地に黒

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逆さまの空へ 3 - ②〔小説〕

逆さまの空へ 3 - ②〔小説〕

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『逆さまの空へ』3-①

 野球部OBの同窓生が東京ドームでダフ屋まがいのことをしていたので、その男からチケットを2枚購入した。美優と2人でドームに入ると、おびただしい数の観客が交錯していた。にもかかわらず見知った顔を何人も見かけた。高校の同窓生やその家族や、教員や野球部OB……誰もが信田朝文の船出を見届けたかったのだ。

 球場での美優の立ち振る舞いはとても場慣れしてい

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逆さまの空へ 4 - ①〔小説〕

逆さまの空へ 4 - ①〔小説〕

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『逆さまの空へ』3-②

「ねえ、お兄さんも見たでしょ?
 シノダアサフミ!」

 突然声をかけられた。被験者番号6の男が呼ばれてこの会議室を出て行った直後のことだった。

「さぁ、誰でしょう?」

 武仁は反射的にとぼけることにした。正直、見知らぬ人間と話すことが煩わしかったのだ。

「あぁ、俺? 俺は被験者番号8。名前も知っておきます?」
「あ、いえ。別に……」
「ま

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逆さまの空へ 4 - ②〔小説〕

逆さまの空へ 4 - ②〔小説〕

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『逆さまの空へ』4-①

 会議室6に入ると前回来たときと同じようにテーブルを挟んで向かい側に医師が座っていた。テーブルの上には何枚かの書類とファスナーのついたビニールパウチが置かれている。おそらくはこれが服薬する治験薬なのだろう。
「6番の方ですね、どうぞお掛けください」
 武仁は言われた通りソファに腰を掛ける。

「血液検査には特に異常は見当たりませんでしたので、明日

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逆さまの空へ 4 - ③

逆さまの空へ 4 - ③

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『逆さまの空へ』4-②

「沖くんだよね?」
「信田?」
 ちょうど目の高さくらいに、いつかの写真と同じように、緊張に歪んだ口元があった。

「まさか、こんなところで……」
 信田朝文は話しかけた人物が知り合いであることを確認できて安堵したようだった。
 一方で武仁の方はまだ混乱していた。治験担当医は「ここにシノダアサフミはいない」と言った。……言っただろうか。いや、確か

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