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宝物を見てみたかった

町の不動産屋に勤めていた。
サザエさんでいう花沢不動産みたいな。

もう秋が始まりそうな日の夕方、冷房はいらないけど締め切っておくには暑いので事務所の小窓や入り口の扉は大きく開けていた。

異動も少ない時期なので事務所にいる私も後方に座る社長も暇である。
画面は見えはしないが社長のマウスの使い方を見るにどうやら最近はまっている将棋のゲームをしているようだ。
とにかくそんなのんびりとした夕方だった。

開け放たれた扉から突然男性が飛び入ってきた。

土地柄、お客様のほとんどは車で来店し事務所前にある駐車場を利用される。これだとすぐに「来客だ」と分かるのだか、たまに徒歩などで来店されると事務所内からは歩道が見えにくい造りになっているので、入り口付近で初めて人に気づくことになる。
徒歩でいらっしゃったのだろうが、その時はのんびりぼんやりし過ぎて入店されるまで気づかなかった。

男性は入るやいなや、とっても元気な大きな声で

「社長さーん、壺買わんね?!」

と叫んだ。


テレビドラマでえがかれるど真ん中の「川の付近、橋の下辺り」に住んでいるような風貌の人であった。
年齢は肉体労働を頑張りすぎた四十代後半にも見えるし、やたら元気な七十代にも見える。
年季の入った半ズボンから見える足は細身で日焼けしておりサンダルをつっかけている。
毛量があるのかパサパサだけど勢いのある髪が被った帽子を若干持ち上げているように見える。

「壺、買わんね?」

呆気にとられる私のような小娘は眼中にないのか後方に座る社長にのみ再度アピールをしている。
え?社長?知り合い?と振り返ると全く顔をあげず、ゲームの手も止めず
「いやー、大将、いらんわ」と答えた。

このしょっぱすぎる対応、少なくとも知り合いではなさそうだ。
「社長」という呼び掛けは少し古いタイプの客引きの掛け声と同じたぐいのものなのだろう。
社長は良くも悪くも「昔ながらの不動産屋」である。客でない者に愛想は振り撒かない。

ここは田舎ではあるがそうそうこんなことはない。

と思っているのは私だけでたまにこういう物売りはあるのか?と思うくらい社長は動じない。

すると来訪者は

「他にもサンゴや○×△の木(←聞き取れなかった)もあるから、見にこんねー!?」

と更に叫び駐車場を指差した。

あれ、車で来ていたのか?
とそちらに目をやるとリヤカーが1台停まっている。
後にも先にもリヤカーが駐車場に停まっていたのはこの時だけである。


物凄く胡散臭い。

胡散臭いが、

わたし物凄く見てみたい!

先程まで眠気すら抱いていた私の心は今までにない来訪者と謎のリヤカーの登場により急激に活性化した。


次に彼に呼び掛けられるのはきっと私だ。
いや、そあうであれ。
壺もサンゴも必要ないが、財布の中に確か三千円くらい入っていた。
もし相手が「見たならば買うべし」という商法ならば致し方ない。今まで培ってきた不動産屋の経験の全てを使って交渉し三千円で何かを購入しよう。


そんなリスクを犯してでも私はリヤカーを覗きに行きたかった。



「あんたはどんげねー!?」


と元気良く聞いてくれさえすれば私は行きますよ!

という強い思いで来訪者を見つめていた。

ところが、来訪者は私は眼中にないようで、そのまま

「そうねー!」

と入ってきた勢いのままあっけなく去っていった。


あの時
「私に見せてください!」
と言って中を見ていたら、どんなお宝を目にすることが出来たのであろうか…

後悔先に立たず、である。


社長にしか売れない程、高価な何かを売り歩いていた彼は結果、相手にされず去って行った。
が、悲壮感は全くなかった。

彼を思い出すとき私はいつも漫☆画太郎の描く人物を思い出し、漫☆画太郎の絵を見ると彼を思い出す。

画業30周年記念 漫☆画臭(愛蔵版コミックス)

もし万が一、画太郎先生の何らかの作品が実写化されることがあるとしたらぜひ彼を起用してほしい。

「ピューと吹く!ジャガー」や「変態仮面」が実写化される世界なのであり得なくはないはずだ。
と思っていたら既に実写化されていた。
不勉強ですみません。
なんと素晴らしき世界。


再びの実写化の時まで来訪者の彼にはぜひ健康でいてほしい。
ツテも何もないが私が画太郎先生に推薦したいと思う。


気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。