あんみ

国際系高校を卒業後、国立理系大学生。思ったことをつらつら書いています。

あんみ

国際系高校を卒業後、国立理系大学生。思ったことをつらつら書いています。

マガジン

最近の記事

  • 固定された記事

もっと楽にやってこうよ

#こんな社会だったらいいな 少しインターナショナルな環境で育ったわたしは、日本の「〜でなければいけない、しなきゃいけない」の多さに息苦しくなることが多い。 それにとらわれないで生きている人がいれば、その人は「変人」と言われる。それが日本の社会だと思う。 何かしなきゃいけないという固定観念は自分に厳しくなるだけではなくて、人の心を他人に対しても狭くしている気がする。 裏を返すと、自分がもっと楽に生きれたら、自分の周りの人ももっと楽に生きれるんじゃないかと思ったりもする。

    • 毒親からの脱出方法➀

      毒親、とはいっても、いろんな毒親がいると思う。だから、脱出方法は人それぞれだし、正解はない。それでも、誰かの役に立てればいいなと思うので、まずは自分が何から始めたかを書いていきます。 ➀友達に事情を知ってもらう こんなこと、と思うかもしれないけどここが最重要案件だと思う。わたしの場合、本当に仲の良かった大学の友人2人、中学高校時代のクラスメイトの10人くらい、そしてサークルの先輩5人くらいがわたしの事情を知っていた。あとは、あまりにもしんどくて研究室で泣き出した時、勢いで

      • 毒親からの独立

        先月中旬、家にあった1番大きな紙袋に詰められるだけのものをつめて、家を出た。 実験量が1番少ない曜日、朝一で家を出て、市役所に急いで行った。ものすごい荷物を持ったまま自分で国民健康保険加入をしたいと話をしていたら、市役所のおばさまに同情されてしまったりもした。 まだ学生さんなのに?てっきり春から就職で保険変わるんだと、、大丈夫?何かあったらちゃんときて相談するんよ?って。 余計なお世話、と思う人もいるだろうけど、1人で社会というものに足を踏み入れた初日に出会えたのが優し

        • 自立します。(毒親シリーズ最終章)

          ずっと、昔からの夢だった。一人暮らし。 それが、今もう目の前にある。 ただ、ここに至るまでの道のりはすごく長かった。精神を7/8くらい削った。そして引っ越しを2週間後に控える今もわたしはまだ親に引っ越しをすることすら言っていない。 言わなくていいかな、とすら思う。 俺に従われへんのやったら出て行け! 何度も何度も言われた言葉。文面で書いているだけなのに、80デシベルの父親の声で完全に再生されるのだから、体が完全に覚えてしまっているのだなと思う。私が試験や課題で忙しく

        • 固定された記事

        もっと楽にやってこうよ

        マガジン

        • 毒親シリーズ
          6本

        記事

          コロナウイルスよりも毒親が怖い

          学校という居場所、逃げ場所を失ってしまった。 家にずっといるということは、親と朝から晩まで一緒だということで、すなわち良く分からないことでどなられたり人格否定をされるということで。 知識もないくせに、コロナのうそっぽいニュースを自慢げに披露する母親に、いちいちつっこむのも疲れた。(私は理系生物学科。母親は地方私立英文科。明らかに私の方が知識があるのに、いつだって正しいのは母親らしい。) 大分、精神的に疲弊してきているなかで、唯一の救いは大学や高校の友達とのZoomだ。

          コロナウイルスよりも毒親が怖い

          大晦日の毒親。

          大晦日の朝一、ぼーっとしてたら「おはよう言えや」と怒鳴られ、そっから2時間(以上)説教をくらいいかにわたしがクズ人間か力説される、いつも通りの日で2019年が終わりを迎えた。 笑けてくるやつ。もはや。 2020年は、院試イヤーにもなるし研究室怒涛イヤーにもなる。なるべく、衝突を避けてエネルギー消費を最小限に抑えないとキャパオーバーするのが目に見えている。 2019年の最後の日大晦日、実はちょっとした転機になりうるものがあった。親が買い物に出かけた間に友人と電話をして冬休

          大晦日の毒親。

          毒親に育てられるということ。2

          特に長編にするつもりはなかったけど、無性に書きたくなった。背景やどんな親かは前のnote記事も読んでくれると嬉しいです。 毒親そだちの私には、急に寂しくなる瞬間があって、年中あるが、特に5月、6月、12月に多い。母の日、父の日、クリスマスや友達の親の誕生日。前の記事を読んでもらうとわかるが、私の周りの友達はほとんど外国人や帰国子女の日本人だ。そして友達のほとんどは、親の誕生日や母の日、父の日にインスタやFacebook でお祝いの投稿をする。すなわち、”you’re the

          毒親に育てられるということ。2

          自己肯定って難しい

          「あんみ、自信なさすぎだよ。」 何度友達に言われたことか、わからない。特に外国人の友達には、自分のことをもっと愛するべきだとか、自信を持つべきだとか、本気で言ってくれる人が多い。 そうはいえども自己肯定なんてしろと言われてできるものではない。 昔から容姿では馬鹿にされ続けた。控えめに言ってもブサイク。なんなら貧乏時代、ヘアアイロンどころかコンディショナーもなく、髪の毛は常にボサボサのチリチリ。なんとか後ろ髪は縛ってごまかせたとしても、ごまかせないアホ毛と前髪。ひどいあだ

          自己肯定って難しい

          ピルの勧め

          まず最初に言っておくのは、生理は確かにしんどいと言うこと。ただ、生理だから人に当たっても仕方ない、仕事できなくても仕方ない、生理を分かってくれない男はクズ、みたいなことを言う人には反感を覚える。女はホルモンバランスのせいで1ヶ月に1週間しか心身の体調がいい期間がないとか言う人もいるけれど、流石に言い過ぎだし、そういうことばかり主張する人には「いたいよーしんどいよー」と言っているだけで改善しようという意思が見られない人がいる。だいたい人の痛みなど、どれだけ察しろだの言われたって

          ピルの勧め

          毒親に育てられるということ。

          毒親にもいろんな種類がある。肉体的な暴力を振るう親は、毒親と言うよりは本当にただの犯罪者だと思うけれど、私の親は精神的な暴力を振るう方の毒親だ。ただし、親は両方ずっと家にいて、ご飯もお弁当も作ってくれる。だから、それでも他の人に毒親だと言われた時には、少し抵抗があった。けれども今はちゃんと言える。私の親は毒親だと。ちょっと罪悪感はあるけれど。だれかかもしこれを読んで自分の親が毒親だと分かったら、なるべく早く逃げてほしいと切実に思う。 毒親という単語は知らなかったけど、そうか

          毒親に育てられるということ。

          貧しい人は努力が足りないなんて考えは、浅はかすぎる。

          2回連続、身の上話を交えた貧困の話なんて別にするつもりはなかったのだけど、あまりにあまりな投稿をみて、これを書くに至っている。 そもそもの人生経験が浅い若いひとや、明らかに一度も貧困を経験したことがなく、かつ周りにもそういう人がいない人なのだろうか、「貧困自己責任説」を唱える人というのは、少なからずいる。 たしかに、ギャンブルにお金を費やして、とか、アル中で、生活保護を受けている人もいる。ギャンブルしなきゃいいのに、とかアルコール飲まなければいいのに、と思う気持ちはわかる

          貧しい人は努力が足りないなんて考えは、浅はかすぎる。

          「女子力」という言葉が嫌い

          私は、いわゆる「女子大学生」だ。 ただし、化粧もしなければ髪の毛もなにもしない。服もユニクロとGU以外はほとんどないし、無地ばかり。男を立てるようなことは言えないし、サラダを取り分けることや他人のための注文などしない。 そういう私のことを、周りは「女子力がゼロ」だという。 ただ、そんな言葉は一ミリも響かない。なぜなら、女子力をつけたいなどと思っていないから。単純な話だ。そもそも何故女子に限ってはポイント制で評価されるのかがわからない。裁縫、掃除や料理ができれば女子力ポイ

          「女子力」という言葉が嫌い

          政治/社会風刺コメディアンになってみたい話。

          アメリカのTV番組を YouTube で見るのは、わたしの余暇の過ごし方の1つだ。その中でも、好きなのは The Daily Show (Host: Trevor Noah) と、Last Week Tonight (John Oliver) という政治や社会問題を皮肉る番組だ。たまに、古いアメリカの映画とか俳優が引き合いに出されて、ジョークがわからないことはあるけど、そしてさすがアメリカ、ちょっと下品な表現もあるけど、そんなのは気にならないくらい面白い。2人とも、コメディア

          政治/社会風刺コメディアンになってみたい話。

          政治に関しておバカな日本

          信じられないほどに、日本人は政治のことを表立って話さない。自分たちの国なのに。自分たちが苦しめられている/苦しめられるかもしれないのに。 前のノートにも書いたが、わたしはインターナショナルな環境で育っていて、だいたい30カ国ほどの出身の人と友達だが、その中でも多いのはアメリカ人の友人だ。そのアメリカでは、大統領選挙の一年半以上前から討論会をはじめ、ポッドキャストやテレビニュース、インターネットニュースでもほぼ常に政治の話題がトップに来る。自分のツイッターやフェイスブックで、

          政治に関しておバカな日本

          ほんとうにかわいいよ

          #君の言葉に救われた #初恋 わたしは三姉妹の長女として生まれた。 年が近い次女は、ほんとうに顔が可愛くて、周りにもかわいいかわいいいわれて育った。それにひきかえ、わたしはブサイクで、顔をずっとコンプレックスに思っていた。 かわいい妹は、可愛がられたこともあり素直で明るい「みんなの人気者」だったのに対し、私はスクールカースト最下位の「地味な学年一位」だった。テスト前だけカーストがちょっとランクアップする、なんか訳の分からない立ち位置だった。私は、親に他の子供がしていた

          ほんとうにかわいいよ

          「やってあげている」と思うなら、やめたほうがいい。

          中高大、ずっとボランティア活動をしているが、中学生のボランティア説明会で言われたこのタイトルの言葉は、今でも「わたし」を形成する中核をなしている。 高校生の時に、アメリカでリーダーシップサマーキャンプに参加した時も、同じようなことを言われた。リーダーは、人の上に立つものではない。それをわかっていない人が、グループをまとめられなくてグループを崩壊させるのだといっていた。 何かを「やってあげる」のではなく、適宜仕事を振りながら、みんなで一緒にやることを推し進めるのがリーダーだ

          「やってあげている」と思うなら、やめたほうがいい。