もっと楽にやってこうよ

#こんな社会だったらいいな

少しインターナショナルな環境で育ったわたしは、日本の「〜でなければいけない、しなきゃいけない」の多さに息苦しくなることが多い。

それにとらわれないで生きている人がいれば、その人は「変人」と言われる。それが日本の社会だと思う。

何かしなきゃいけないという固定観念は自分に厳しくなるだけではなくて、人の心を他人に対しても狭くしている気がする。

裏を返すと、自分がもっと楽に生きれたら、自分の周りの人ももっと楽に生きれるんじゃないかと思ったりもする。

高校時代のクラス担任(日本人)は、みんなから変人と呼ばれる人だった。結構有名な会社の上層部を脱サラして、先生になったらしい。学校に自分が好きなperfumeのライブTシャツを着てきたり、授業も結構破天荒(でも面白いと評判)な、面白い人だった。

先生は自由だったから、先生の周りにいる人も自由になれた。学校の上層部から、わたしの頭なら国立医学部医学科に行けるからとゴリ押しされながらも(聞いた話)、わたしには、好きなとこにいけと最後までいってくれた先生だった。

その当時を振り返ると本当に楽だったな、と思う。わたしもクラスのみんなも自分を隠す必要がなかった。周りの先生たちの国籍も性格も多様で、5時になった途端にFoooo! って廊下を爽快にかけて退勤する先生や、金曜日になると黒板めいいっぱいにTGIFと書く先生、フットボールだサッカーだ、ホッケーだなんだで盛り上がっている職員室を覚えている。

みんなが個性をだして、そのまま楽に過ごすことで、多様性が可視化されて、「違い」を認め合うコミュニティーができた。そこにあるのは、「変」と「普通」の二択では無くて、「みんなそれぞれ違う」という認識だった。

先生だから、きちんとした服を着なければいけない。とか、真摯に働く姿勢を見せなきゃいけない、とか。女の子だから、、、とか新人だから、、、日本人だから、、、とか。

くそくらえ、と思う。

「しなきゃ」をもっと減らして、自由に楽に生きること。それは、難しいことだし保守的なひとには反対されるだろうけど、他の人も自由に楽にできるきっかけになるかもしれない。




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