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空気がパリパリとしている。
まるで僕の身体の表面と空気の間に薄く張った温度のない氷があるように。
身体を大きく動かすと何かを壊してしまうみたいで、自然と小さな動きのまま歩き続ける。
渋谷駅から表参道へ何の目的もなく歩くものの
目を奪うような何かはそこには無く、久方ぶりに頭の中に浮かんできたのは喉が渇いたということだけであった。
不思議なのは身体の反応として喉が渇いたことを感じたのでは無く、頭の中に「喉が渇いた」という文字列が表示されることであった。
たまにこういうことがあるが、誰かに話したことはない。
僕以外の誰かもそうなのであろうか。
そう考えを巡らしても結局答えが出ないことを僕は知っている。
頭の中の吹き出しに表示された言葉のまま
僕はテラス席のある喫茶店に入った。
普段はあまりテラス席に座りたいと思うことはないのだが、今日は空気がパリパリしていたのでテラス席に座ることにした。
アイスコーヒーとティラミスを頼んだ。
アイスコーヒーを口に含み、口中を濡らした後
に喉を鳴らして飲み込むと頭の中の文字がフェードアウトしていくのを感じることができた。
買った覚えのないタバコを取り出し、行ったこともないバーの店名が入ったダサいライターで火をつける。
火種が僕に近づいてくる間、僕は何も考えていなかった。
熱が指先にも伝わってきたタイミングでタバコを消して街を眺める。
街ゆく人々の割合は8割がカップルに見えた。
付き合っているのかどうかは知らないが親密そうだ。
何を持ってこの人達は隣にいるパートナーを選んだのだろうか。
ティラミスを口に運びながら考える。
お世辞にも整っているとは言えない顔をした人間が整っている人間を連れていたり、整っている人同士であったり、整っていない人同士であったり様々なのだ。
メディアは若者の恋愛離れについて連日嘆いているが、それは何かを隠す嘘であるように感じられる程、外は恋愛で溢れていた。
この人達の恋愛とは何を意味しているのだろうか。
依存と性欲を引いたら何が残るのだろうか。
残ったものについて一組ずつ聞いていきたい気分に駆られたが、そんなことよりも今日は空気が良い。
ティラミスを口いっぱいに含みアイスコーヒーで流しこみ、会計を済ます。
店を出るとまたパリパリとした空気を身に感じる。
僕は大きな手振りで地面を蹴り上げ、青山方面に走った。
パリパリとした空気が音を立てて割れる中
人並みと逆行する。
飲まれそうになりながら、また飲まれてしまうことを少しだけ期待しながらただ割れた空気を蹴り上げて走った。
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