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飛行機

上空を轟音と共に通り抜けていく、鉄の塊が落ちてくる可能性がどれくらいあるのかを考えていたら授業が終わっていた。

チャイムが鳴っても、耳の中に小さな飛行機がいる気がしていたところに、立野がボールペンの先で二回俺をつつきながら「終わったぞ、飯行こ」と言う。
バックから財布を取り出すために屈むと、いつの間にか結んでいた髪の毛が解けていることに気づく。
手首につけていたゴムを口に咥え、解けた髪をもう一度結び直しながら、「学食?購買?」と俺が尋ねると、立野は「ガスト」とだけ口以外の筋肉を一切動かさずに呟き、駐輪場に向かう。
昼休みに外へ行くのはおそらく禁止されていたはずだが、誰かから明確に昼休みにガストに行くのを咎められた訳ではないので俺も黙ってついて行く。
立野が自転車に跨っているときに、手を入れたポケットにいつもの膨らみがなく、自転車の鍵を忘れてきたことに気づく。
「鍵忘れたわ」と俺が言うと、立野は間髪いれずに「乗れよ」という。
最小限の言葉で会話が成り立っていることに気づき、肩が軽くなる。
荷台の部分に無言で座り、前を見ると立野の背中が目の前にある。黒板みたいなだなと思いながら、指で文字を書くと「ガスト」と立野が即答する。俺は「ネコ」と書いていたが、ガストもあながち間違ってない気がしたので「大当たり」と言って手を前に伸ばし、自転車のベルを一回鳴らす。
ベルの音は反響する場所を探しながら地面に落ちていく。

「飛行機乗ったことあるか?」と俺が聞くと
「ねぇよ、乗る気もない」と立野は食い気味に言う。その言葉が俺に届く前に文字のまま空に浮かんで行くような気がした。

なぜ乗ったこともない飛行機がこんなにも気になるのだろう。
この町は飛行機がよく通る。鉄塔すれすれで上昇していくこの鳥がどこに向かうのか俺たちは知らない。

立野の後ろで足を開いて、掴んでいたサドルから手を放す。
風がくるぶしを通り、ふくらはぎ、太ももと上がってきてスカートを捲る。

進んでも進んでもガストは見えてこない。
この町にガストなんてあっただろうか。風に吹かれていると全てが曖昧になってくる。俺たちはどこに向かっていたのだろうか。
立野が漕ぐ自転車が動きを止める。
上を見ると見慣れた時計が12時45分ピッタリだ。
「終点です。」立野は聞こえるか聞こえないか分からない声でそう言った。
確かに終点だ。私たちはどこにも行けない。結局戻ってくる先はここ。
駐輪場のすぐ上の空気が縦横無尽に揺れて、何も聞こえなくなった。




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