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無為

修学旅行に行った時に作った湯呑みにコーヒーを淹れる。
当時好きだったマイナーなバンド名を入れた、不恰好でダサい湯呑み。
今では聞くこともないそのバンドが今どうなっているかを考えながら、タバコに火をつける。
何故だか捨てることが出来なくて、引っ越しをするたびにテーブルの上に居る。

朝ご飯は食べずに、コーヒーを一気に飲みほし家を出る。
今日はどこに行こうか。
ヴェスパにまたがり、エンジンをかけると返事をするように唸り声をあげる。

空気が冷たく、風が無数の針に感じられるほど痛い。何か暖かいものを身体が欲していたので、自然とあそこへ向かう。

向かったのは、高校の同級生、光太郎がやっているカフェ。
予定のない日は大抵ここにいく。
店に入ると最近入ったばかりのバイトの女の子が「いらっしゃいませ〜、おっ、お久しぶりですっ」と声をかけてくる。
髪が緑色で首や指にタトゥーが入っているその子は派手な見た目に反して、声が小さくおどおどとしている。
「久しぶり、光太郎は?」と僕が聞くと
彼女はバツが悪そうに「今、スーパーに行ってます、、砂糖が切れたみたいで、、」と先程よりも小さな声で答える。

「そっか、じゃあここ座って待ってるよ
 ホットのアメリカーノひとつお願いします」
と僕ができる限り優しい声で彼女に呼びかけると彼女は今日一番の小さい声で、
「すみません、、まだアメリカーノの淹れ方が分からなくて、、」と独り言のように言う。

「そっか、ごめんごめん。難しいよね。
 俺自分で入れても大丈夫かな?」というと
彼女は顔を赤らめながら「お、お願いします…」と言う。
髪の毛の色と顔の色が相俟ってクリスマスみたいだなと思いながら、カウンターの中に入る。

マグカップを取ろうと棚を開ける。
マグカップを手に掴み、取り出すとその奥に既視感のあるコップが居る。そのコップには僕が高校時代に、流行っていたバンド名が刻まれていた。僕は、顔が笑いそうになるのを堪えてそのコップを手にとり、アメリカーノを入れる。
席に戻り、熱を持ったそのコップを眺めながら身体がどこかこそばゆく恥ずかしい気持ちになった。
その恥ずかしさを隠すようにコップから視線を外し、タバコに火をつけて精いっぱい吸い、煙を吐く。
店内は僕と彼女の二人、しんとした空気の中、店の外から大きな足音が聞こえる。
光太郎が帰ってきた。
さっきまでの恥ずかしさからか僕は隠れるように背中を丸める。
すると先程まで流れていた店内のBGMはジャズだったのに、アップテンポな馴染みのある曲に変わる。
僕はとうとう我慢できなくなり、思わず吹き出してしまう。
まだ聞いているのかこいつは。
聞いているだけでなく自分の店で流すかね。
と何故か嬉しく、どこか苦しくなりながら背伸びをして姿勢を元に戻す。
ガチャと開けられる扉、すぐには振り返らず、もう一度のそのコップに目をやると、そのコップは堂々とそこに居る。




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