瘧
あまり大きくないテレビから流れる定型文のようなニュースに気を取られるようなことは、年を取るにつれて少なくなっているはずなのに、そのニュースの内容を現行通り、伝え終えた後の男性キャスターの言葉が一日中引っかかっていた。
「〇月〇日 都内某所にて人気俳優の××さんが首を吊っているのが見つかり、搬送先の病院で死亡が確認されました。警視庁は自殺とみて捜査しております。」
「大人気の俳優さんで、今期のドラマにも出ていましたね。
私は本当に彼の演技が好きで、とても悲しいですね。
若くして成功している裏で自殺を考えるほど大変なことが起きていて
命を絶つという絶対に選んではいけない選択肢しか見えない状態だった
のでしょうね、、ご冥福をお祈り申し上げます。」
両手で持っていたマグカップをテーブルに置き、テレビのリモコンを
近くに寄せて電源を落とした。電子たばこを吸おうと思い電源を入れていたのにいつのまにか点滅していた小さな光が消えていた。
次の日もテレビでは俳優Aの訃報を流している。
あるテレビではネットでの世間の反応を抜粋して紹介していた。
「なんでA君、、。かっこよくて明るくて
信じられない。A君は自殺なんてしないと思ってた。
何があったんだろう。すべてを明らかにしてほしい
ご冥福をお祈り申し上げます。」
「Aへ。Aとは何度も演技に対して熱く語り合ったな。
お前はまっすぐな男でみんなに好かれていたな。
馬鹿だなお前。
なんでだよ。
死ぬほどつらいことがあったんだったら相談しろよ。
どんな言葉を並べてももう遅いけど、お前との日々は忘れないよ。
ご冥福をお祈りいたします。」
「A君。何があったのだろう、、あんなに明るい太陽みたいな人が
自殺なんて方法を選ぶとは思えない、、
他殺という可能性はないのでしょうか。
それとも私たちファンには想像もできないような苦しいことと闘いながら
仕事していたのかな、、ご冥福をお祈りいたします。」
口に入れたはずのホットコーヒーが的を外して膝に落ちていった。
僕はこれらのコメントを何度も頭の中で反芻したが頭の中で何一つ情報として処理できなかった。
何故自殺をしたというと絶対にネガティブな理由があると思い込んでいるんだろう。
自ら死を選ぶことに対しての多くの人間が抱くこの嫌悪感の正体は何なのだろう。
自殺を逃げとしたがるこの人たちは僕と同じ人間なのだろうか。
攻略したゲームのアカウントを削除するようにすべてやり終えた人間が生きることを辞めることに理由が必要なのだろうか。
そしてそれは悪なのだろうか。
テレビに出ている一面、ドラマで役を演じている一面しか見えていない人達
に何が分かるのだろうか。
Aさんはすべてに満足をして、残りの時間を過ごす必要がなくなったからそういった方法を選んだのではないのかという可能性をみじんも考えずにいられるのは何故なのだろうか。
様々な思考が文字として頭の中を往復する。
考えたって答えが出るものではないことは分かり切っているのに
一日に何回か頭を掠める。
開けっ放しのリビングのドアとその前に無造作に置かれているお気に入りだった椅子。椅子の上に置かれているいつ買ったかも忘れたほどけたロープを
見ながら、膝に落ちたコーヒーが熱を持っていたことに気づいた。
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