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かみにつき

肩にまで伸びたその毛を触りながら顎を左肩に充てて眺めていた。

その毛はすりたての墨のように黒々としており、筆毛よりも硬く太い毛であった。

ぼくはこれまでの人生で一度も自分の毛を染めたことがない。

周りが茶色や金色、赤など思い思いの色に髪を変えていく中でも髪を染めたいと思うことも自分の髪の毛が黒以外の色であることさえ想像することは無かった。

またこれだけ伸びたのは人生でも初めてであり梅雨にも負けず、ここまで伸ばすことができたのは自分でも誇らしく思う。

髪をいじっていると、梅雨が明け、湿度が下がりカラッとした空気がぴんぴんと張る教室を見渡すと衣替えをしてアイロンあてたてのパリッとした半袖の白いワイシャツや紺色でチェックのブラウスが目に入ってくる。

ぼくは長袖のワイシャツが好きだ。

夏でも長袖のワイシャツを着て腕まくりもしない。体育の後などは身体を伝う汗が行き場をなくして袖に落ちる。

梅雨の鬱屈とした空気とまた一年後に再会することを考えると頭が重いが、ぼくは梅雨が終わるこのタイミングがかなり好きだった。

伸びた髪の毛とこの空気に浸っていると後ろから何かで肩を2回叩かれた。

振り向くと机に肘をつき、窓を眺めている初野が僕を見ることもなく「髪伸びたね』と話しかける。

ぼくは彼女の視線が戻ってこないことが気になりつつも「うん、暑くて仕方ないよ」とだけ答える。

初野はぼくに視線を戻して「なんで伸ばしているの」と微笑みながら聞いてきたが、ぼくには微笑みの理由が分からず少し当惑した。

「理由とかは無いかな、でもポニーテールにしたいんだ」と言うと彼女は笑いながら「えー面白い〜、じゃあこれ使って」と言いぼくの手を引き、手首に黒いシンプルなゴムをつける。

彼女はそのまま席を立ち教室を出て行った。
ぼくは何が面白いのかがよく理解出来なかったが貰ったゴムを人差し指と親指で伸ばしたり縮めたりしてしばらく眺めた。

ぼくは両手で襟足から後頭部の真ん中まで髪を纏めて初野から貰ったゴムで結んでみた。

頭が引っ張られる感覚のまま、窓を見ると小さな尻尾が生えてきて、少し嬉しくなった。

ぼくは窓を見ながら尻尾を見つめていると、窓に映った初野がぼくの尻尾を振った。

窓に映った初野に生えている尻尾はぼくの尻尾よりも大きく毛先はくるんとカールしており、
嬉しそうに左右に揺れていたのをぼくはいつの間にかそれに見惚れていた。

ぼくは振り返り初野を見ると「まだ短い尻尾だね。」と自分の尻尾を自慢げに靡かせる。

ぼくは上がってしまった口角を隠すように窓を向くと二つの尻尾が呼応する様に揺れる。

窓に映ったそれは1人のショートヘアーの女の子のようで左肩でカールしていて寝癖のように見えることに少し頬が熱くなった。

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