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濁した言葉が形を変えて、渦の中に飲み込まれていく。それは消えることなくこの先も僕の
頭の中に不意に現れるのだろうと少し伸びた顎の髭を触りながら、確信していた。

彼女と別れたあの日から部屋はどこか
僕に対して冷たく感じ、本棚の角に2回も足をぶつけた。
家具までもが僕のことを非難していると
感じながら土曜日をただただやり過ごした。

5年も付き合っていながら
いつまでも僕は自分が一番大事で
自分を守るために無意識に彼女の口から
別れを切り出すよういつのまにか仕向けていたのだ。別れるという決断すら下せない自分がこの先何を決めていけるのだろうと考えながら
テーブルの上のシールが付いたままのタンブラーに入った味のない液体を体に流し込んだ。

彼女に依存し切っていた僕は
背もたれの無い固い木の椅子に長時間座らせられている気分になった。

全ては自分が招いた結果ではあったが
いつからこの結果に辿り着くルートが
示されていたのかは検討もつかない。
何か行動を起こすことが出来ていれば
結果は変わっていたのか、それとも一緒にいれる期間が少し伸びただけの延命処置になるだけなのか答えのない考えが思考を覆った。

日曜日の朝、無理矢理身体を起こし
家を出た。空気は澄み、蝉の声が一定のリズムで街に反芻していた。

坂を下る途中でコンビニでアイスコーヒーを買った時も、付き合う前にはブラックコーヒーが
飲めなかった自分を思いだすなど
世界に溢れる失恋という病の代表的な症状を
恥ずかしげもなく発症させている自分に深く失望した。

外気との気温差でできたプラスチックカップの
結露が僕の手や地面に滴る。

何滴も溢れ落ちるその水分は
灰色のコンクリートの地面を点々と黒く
色を落とした。

熱を持った灰色地面はその水分を
待ち受けていたかのように
受け取り気化させ、地面はまるで何事もなかったかのように灰色を取り戻した。

いつか僕の中から出た濁った水滴が
陽に照らされたコンクリートの地面が
受け止めてくれることを願いながら
坂を下り続けた。

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