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【短編小説】流光

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    01

 パタンと携帯を閉じると、エッセは無言で店の外へ駆け出していった。
 エッセと入れ違いに店に入ってきたハルはドアの外を指さして、
「どうしたの? 彼は」
 と訊いたが、店内にいた大半の客はただ無言で肩を竦めてから、再び練習に勤しんだ。エッセと付き合いが長い客が察したような顔つきで答えた。
「サヤのことだろう」
 この細(ささ)やかな騒ぎには微塵も動じず、れいは私の身体に麻縄をくるくると巻き付けていく。アニメ『東京喰種トーキョーグール』のテーマソング「季節は次々死んでいく」が、店内のスピーカーから静かに流れ出した。

  季節は次々死んでいく
  絶命の声が風になる
  色めく街の 酔えない男
  月を見上げるのはここじゃ無粋

 これは店で女王様を務める華憐(かれん)の趣味だ。耳に馴染んだメロディを聴いて私は一瞬意識が逸れかけたが、すぐにまたれいの甘く優しい縄回しに酔い痴れた。
 れいは象牙を連想させるほどきめ細かい白皙の肌と、美しい手を持つ女の子だった。その両手に導かれ、茶色の麻縄は優しくも揺るぎない動きで私の身体を這い回り、滑(なめ)らかな長襦袢に擦(こす)れて微かな音を立てながら、緩やかに自由を奪ってゆく。それは無骨な男達の縄とは全く別種の感触だった。これまで男の緊縛も何度か経験しているが、心行くまで縄に酔えたことは一度も無かった。男らしさとやらを見せつけるためか、必要も無いのに縄を強く引っ張り過ぎて私の肌を痛める男もいたし、縄を回すのに触る必要の無い所をしつこく撫でてきて気分をそがれたこともあった。中には陰部に刺激を与えれば快感に繋がると短絡的に考えているのか、縄の結び目がクリトリスに当たるように股縄を回したかと思うときつく引っ張った男もいた。流石に相手の面子(メンツ)など気にするどころでなくなり、私は大声で「やめろ」と叫んで緊縛を中断させた。
 男達の独善的な縄とは違い、れいの縄には深い愛情と気遣いが籠もっていた。一つ一つの結び目を入念に結び、きつく締める方が気持ち良い箇所とそうでない箇所をはっきり区別している。彼女の指先はまるで電流を帯びているかのようで、触られると軽い痺れを感じる。れいの縄に酔ってくると、私は縄で縛られているのではなく、彼女の細く白い腕で抱き締められているような夢見心地になる。そして今すぐ彼女という海の中で、泡沫となって溶けてしまいたいと欲する。れいもまた、いつ私が溶けてしまっても良いように受け入れる準備をしていることを、私は知っている。
 縛ることと縛られることによって、私とれいは一心同体になってゆく。
 れいは基本的な後手高手小手縛りを完成させた後、私を支えながら畳から立ち上がらせた。店内の天井の四箇所にカラビナと呼ばれる登山道具がぶら下がっている。れいは私の足首に結んでおいた縄をカラビナに通し、腿で私の身体を支え上げると力一杯縄を引っ張り、私を吊るし上げた。足が床を離れた瞬間、縄によって支えられる体重がそのまま自分の身体に返ってきて、縄が上腕と腰と太腿の肉に深く食い込む。まるで絆の強さと愛情の深さを刻むかのように。頭上から絶えず縄の軋む音が伝わり、心拍音も絶えず自分の体内に鳴り響いた。もはや私は、れいと縄のことしか考えられなくなっていた。
 私を吊るし上げた後も、れいは忙(せわ)しなく縄を回したり、結んだり、引っ張ったり、繋げたりして、縛りの固定や補強作業を続ける。吊りでは、吊るし上げてからが勝負だ。個体差こそあるものの、人間が吊るされた状態に耐えられるのは凡そ十分間。それを超えると、身体に永久的な傷が付きかねない。換言すれば、受け手を吊るし上げてから十分以内に、縛り手は吊りを完成形に仕上げなければならない。それができなければ、吊りそのものは失敗に終わるも同然だ。だから縛り手は常に緊張感を持ってテキパキと動かなければならない。同時に、受け手の反応にも細やかに気を配らなければならない。受け手が痛がったり、血行不良で手が冷たくなったりなど異常な反応を示せば、すぐ吊り方を変えるなり、縄を解くなりする必要がある。それは高度な技術と気配りが求められる時間との戦いと言っても過言ではない。
 必死に麻縄を引っ張っているれいの繊細な両手を思い浮かべると、私は胸が痛んだ。れいも痛みを耐えているはずだ。その美しい両手が縄で擦り剥けるかもしれないし、腕の筋肉が肉離れを起こすかもしれない。しかしそれは縄師になるために誰もが歩まなければならない道程だ。男であれ女であれ、堪え切るより他にはないのである。
 やがてれいが吊りを完成させ、私は中空で顔が床を向き、身体が三日月のような曲線を描く格好となった。典型的な逆海老縛りである。れいは私のポニーテールを解いた。長い黒髪は重力に従って流れるように床へ垂れ下がり、私の顔を覆った。柔らかい髪の毛が顔に触れると少しくすぐったいが、ひんやりと気持ち良かった。れいは独楽を回すように私の身体を回転させながら、自分が創り上げた芸術品に見入るごとく私を見つめた。暫くして回転が止まると、れいは左手で私の髪の毛を掴んで上へ引っ張り、自分と目が合うように私の顔を持ち上げた。そして羽を捥(も)がれた蝶々を可愛がるような目付きで私の両目を見つめながら、右手で唇を弄(まさぐ)りつつ頬を撫で回した。にやりと微笑みを浮かべる彼女に、
「気持ち良い?」
 と訊かれると、私は恥じらいを覚え、何も言えず視線を逸らそうとした。もっとも、髪の毛が掴まれているままではそれすら叶わなかったが。

 れいは二十二歳で、大学四年生。ヨーロッパ文学を専攻し、普段はアダルトグッズの店でバイトしているそうだ。彼女とはこの「リヴァイアサン」という名前のSMバーで知り合った。歌舞伎町に潜む三十平米くらいのこのSMバーは、私と彼女と、そして多くの常連客にとっての、小さな秘密の王国である。
 他のSMバーとは違い、リヴァイアサンの雰囲気は常にのんびりしている。思い思いに縄回しや鞭鳴らしの練習をする客もいれば、ゆったりと床やソファに腰掛けて雑談する客もいる。雑談の内容も緊縛スキルから国内外の政治経済までと多種多様だった。女性の常連客も他の店と比べて多く、れい、マリー、華憐、サヤと私など、年が近い数人の女の子はよくアニメやドラマの話で盛り上がる。
 リヴァイアサンには色々な年齢、職業、性別と性指向の客が集まっていた。偶には私のような国籍の違う客が来ることもある。初めてリヴァイアサンに来た時、私が台湾人ということでみんな珍しがって、向こうでも緊縛があるの? SM文化は日本とどう違うの? と訊いてきたが、時間が経つとそんな珍しさも薄れていったようだ。
「何もおかしいこと無いちゃう? 寿司と刺身は日本人しか食べへんけど、SMはどこの国でも好きな人がおるんで。そう考えれば、寧ろSMの方がインターナショナルちゃう?」
 と、和雄は言う。
 和雄はこの店の経営者だ。もうじき七十歳を迎える彼の風貌は、絵に描いたような日本の頑固おやじそのものだった。頭がほぼ禿げていて、僅かに残っている数束の毛も雪のように白く染まっていた。額には斧を入れたような深い皺が蔓延(はびこ)り、出張った鼻と横に細長い目、目の上には灰色がかった太い眉毛。しかも一メートル以内に近付くと強烈な加齢臭が鼻を突いてくる。
 しかしこの世界では、彼は一流の縄師だ。定年になるまで、彼は昼間は貿易会社で課長を務め、夜と休日にはあちこちのSMクラブを回って緊縛ショーをやっていた。何度か台湾、中国、欧米に招かれてパフォーマンスをしたこともあるという。今もその名声は衰えること無く、縄を習いに沢山の志願者が弟子入りしてきた。エッセもその一人で、れいと華憐は孫弟子に当たる。
 定年後の老後生活を送っている和雄はリヴァイアサンで収益を得ようとは考えていないようで、賃貸料などのコストさえ賄えれば良いという。年に二回、和雄は店の常連を新潟県にある自分の別荘に招待してくれる。私も去年のお盆の連休に参加した。別荘は海岸に近いから、参加者は海辺でカレーを作ったり、西瓜割りをしたりして盛り上がる。鞭を鳴らしたり、野外緊縛の撮影をしたりする人もいた。夜になるとみな月明りが降り注ぐ中で月下美人(げっかびじん)、夜来香(イェライシャン)、待宵草(まつよいぐさ)などの花を見ながら雑談に興じていて、その光景は実に和やかだった。
「闇夜に綻ぶ花は、日光に照らされて咲く花よりずっと美しいものだ」
 その時エッセは、横で華憐と談笑していたサヤを愛憐に満ちた眼差しで見つめながら、しみじみとそう呟いたものだった。

 リヴァイアサンは店の性質上、カーテンを常に閉め切っていて、昼夜問わず陽射しが店内に届くことは無い。床は胡桃色の遮音フローリングだが、一箇所だけ二畳分くらい緊縛用に畳エリアが設けられていて、その真上の天井からカラビナがぶら下がっている。店の奥の方に店内が見渡せるようにバーカウンターが設置されていて、バーカウンターから見て左側の壁一面はぶら下がる麻縄で埋め尽くされている。
 バーカウンターの向かい側の壁沿いに黒いソファと硝子のテーブルがあり、ソファの上の壁面に三十号の絵画が飾られている。絵画には、嵐の中で荒れ狂う濃藍(こいあい)の海面から、竜の形をした黒い巨獣が身を現し、漁火(いさりび)を掲げる小さな漁船を呑み込もうとする風景が描かれている。ソファの横には本棚があり、『ソドムの百二十日』『ロリータ』を始め、『仮面の告白』『痴人の愛』などの小説から、『ナナとカオル』『アフター5の女王たち』などの漫画や、各種緊縛写真集までが収められている。店のドアの横には木材の半身大の黒い逆十字が置かれており、それは薄暗い黄色い光に照らされながら無言で佇んでいる。
 それらの内装はほとんどエッセのアイディアだった。この世界で二十年も生きてきて、今や実質的に店の運営を任されている彼は、独特な陰翳の美学の持ち主だ。七年前に和雄がこの店をオープンした時、内装には彼の意見を取り入れたという。店内の照明から、畳とテーブル、カラビナの配置まで、全てエッセのデザインだった。リヴァイアサンという店名もまた、エッセが付けたものらしい。

 れいは私を降ろし、畳の上で横向きに寝かせて、ゆっくり縄を解いていく。和雄は彼女を見つめながら、称賛を込めて頷いた。畳に横になったまま、私は暫く緊縛の余韻に浸っていた。それは微酔(ほろよ)いと微睡みの間のような気分で、身体は間違いなく地面に横たわっているが、意識はまだ朦朧としていて、どこか宙に浮いているような感じだった。そんな余韻が潮のように退いていくと、意識が次第に冴えてきた。さっき慌てて店を飛び出していったエッセのことを思い出すと、脳裏に一抹の不安が過る。
 エッセとサヤはカップルだった。サヤは私の二歳下で、私より半年早くリヴァイアサンに来ていた。初めてここを訪れた時、年が近いサヤがいてくれたお蔭で、私はすぐにここの人間関係に融け込むことができた。サヤは大学生だったが、精神状態が不安定なため大学を休学し、週一で脱毛エステでアルバイトをしていたという。しかし三か月前に何の予兆も無く姿を消し、それ以来店に来ていない。時たま目にするツイートでは、病気が悪化したせいで在宅療養しているとのことだが、それが唯一の情報源だった。エッセも私も、彼女に連絡を取る手段を持っていなかった。携帯に電話を掛けても、ツイッターでメッセージを送っても、一向に連絡が付かなかった。二か月経った頃、そろそろサヤに見切りをつけた方が良いのではと、他の常連はエッセに説いたが、エッセはなかなか諦められないようだ。

 結局、私達が終電に間に合うように店を出た時、エッセはまだ店には戻っていなかった。
 私とれいとマリーは駅で別れ、それぞれ違うホームに向かった。私は新宿駅の雑踏に身を抛り込み、人混みに流されながら進んだ。手首には縄痕がくっきりと残っていたが、それが人に見られるのを私はさほど気にしてはいなかった。
 ホームでは一月の冷たい風が肌を切り刻むように吹いていた。息を吐く度に白い靄が立ち上がってはまた消えていく。新宿アルタの六百インチのデジタルサイネージがはっきりと見えていた。夜空は果てしの無い巨大な黒い布のように、静かに優しく町の喧騒を包み込んでいた。そんな柔らかい布に包まれていると、自分がどんな変わった形をしていても許されるような、細(ささ)やかな安心感に浸ってしまう。

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【短編小説】流光

李琴峰

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李琴峰

作家、日中翻訳者。台湾出身。単行本『独り舞』発売中:https://amzn.to/2yEoB8i 。第60回群像新人文学賞優秀作。個人サイト:https://www.likotomi.com/ 。仕事の依頼はメールアドレスに:qinfeng.kotomi@gmail.com
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