見出し画像

迷宮攻略4:混沌の魔窟 Part-B

 激闘の末に暴君オーガスⅠ世を討ち果たし、オード城塞へ戻った冒険者たちは、長く空位となっている大公の御座の前で賢者から謝罪を受けます。これが偽らざる我が領の姿である……と。
 暴君の呪いから解放された執政官たちは直ちに議会を招集。極端な軍事偏重の政治を改め、諸国との協調を重視した平和的な指針を新たに打ち出します。今すぐに180度変わることは不可能ですが、少しずつ、けれども確実に、このオード領は本来あるべき姿へと戻っていくのでしょう。
 冒険者たちは今度こそ本当に〔救国の英雄〕となったのです。

 しかし、これで本当に、全てが終わったのでしょうか。

 Si vis pacem, para bellum――汝、平和を欲さば、戦への備えをせよ。

 オーガスⅠ世は確かに言いました。「余は間違っておらぬ」と。
 あきらかに過剰な軍事偏重の政策。民に強いた理不尽なまでの重税。神に定められた寿命を悪魔と契約してまで長らえて、自らの血族を殺し、優秀な参謀に無実の罪を着せ、それでもなお「間違っていない」と言い切った。
 妄執に憑かれた暴君はもはや正気を失っていた、と、そう断じてしまうのは簡単です。しかしオーガスⅠ世の傍らには、かつて見たこともないような凶悪かつ巨大な悪魔が傅いていました。

 悪魔は、狂人とは主従関係を結ばない。

 心底邪悪で計算高く狡猾で残忍で傲慢な悪魔たちは、頭がイカれた人間など一顧だにしません。利用価値がないから。面白くないから。自分たちが手を下さなくても勝手に破滅してしまうから。
 少なくともあの巨大な悪魔にとって、オーガスⅠ世はまだ利用価値のある人間だったはずなのです。戦いが始まって形勢不利となり、冒険者たちの方が強い、勝てない、とわかった時点で、あの悪魔は逃げても良かったのです。利用価値の薄くなった狂人であれば、いくらでも屁理屈をこねて契約をねじ曲げられるはずなのです。でも決してそうしなかった。そして、大公との契約に殉じ、最後まで戦い、共に斃れた――。

 どうにもすっきりしない冒険者たちの手には、その悪魔が所持していたとおぼしき〔神龍の珠〕が残されていました。
 

混沌の魔窟 B8

 〔神龍の珠〕は、混沌の魔窟B7の階段を封印していた祭壇の鍵でした。冒険者たちは今まで侵入できなかったB8へ歩を進めます。
 なぜこれを悪魔が持っていたのか、そもそもなぜ〔神龍の珠〕だったのか。それはおいおいわかっていくことなのですが……。

画像1

 先に言っておきますが、このB8はすでに〔この世〕ではありません。

 かつて世界は、どろどろに入り交じった混沌そのものであったといいます。創造神が最初に光を生み、そして闇も生まれ、天と地が区別されるようになって今の世界の根幹へつながったのだと。が、それでもまだ原初のころは〔境目が曖昧な場所〕がたくさん残されていたに違いないのです。

 たとえば、黄泉の国へ続く坂道だと言われる観光地がありますよね。天使が羽を休めたという言い伝えがある山もあります。
 現代を生きる我々がそこに行っても「ただの坂じゃん」「普通の山だろ」としか思いませんが、それは時間と共に神が作りたもうた秩序が及んで「分けられた」だけ。かつては本当に、そこから黄泉の国へ続いていたのかもしれない、天国へ続く階段があって天使が下りてきたのかもしれない……。

 この階はつまり、そういう場所です。
 神の秩序が及んでおらず、違う次元の世界と重なったままの場所。

 そこを徘徊するのは、はるか太古に滅んだと言われている邪悪で巨大なドラゴンや、善と悪に分かれて無限に戦い続ける魔獣たちの群れ、凶悪かつ獰猛な恐竜、地獄の道化師と怖れられる妖魔たち。
 そして「羅刹」と「奈落」と「レイバーロード」。
 人間としてほぼ強さの極みに達し、さらにその先へ足を踏み入れんと欲してこの世から消えた者たち。伝説の中で生きる英霊――。

 でも、そんな彼らにも、なんとか勝てたんじゃないでしょうか。
 少なくとも「全く歯が立たない」とは思わなかったはずです。

 漫然と敵を倒しながらミッションをこなしていると忘れがちですが、本来、レベル1の戦士たちでも、無力な一般人と比較すればじゅうぶんに屈強なほうなのです。それが心胆寒からしめる命のやりとりを幾重もくぐり抜けて成長し、マスター……その道の達人と呼ばれるようになるのがレベル13。それでもレベル20くらいまではまだ人間の領域だったのかもしれませんが、さらにその先レベル30にまで達し、もっと先が見えてくると……。

 冒険者たちは、すでに人の世から生まれし存在を越えつつある。
 そのことを自覚させられるのが、異界の洞穴と化したこの階なのです。

コメント 2020-08-21 042710

 いつの間にやら、冒険者に語りかけてくる相手もグレードアップ。
 彼が何者で、何を語りかけてくるのかは、実際に会ってみてのお楽しみ。
 



 本当は、魔人エイドゥとその部下たちが、ここへ辿り着くはずでした。

 大公オーガスⅠ世の悪政に耐えかねた彼は、その根元が〔混沌の魔窟〕の奥深くにあることを知ってしまいました。ゆえに彼は、有能な部下たちを率いて軍を離反、かの魔窟の攻略に乗り出します。
 しかし当時の魔窟は、冒険者たちが知る今の姿よりもさらに過酷でした。瘴気渦巻く大迷宮と化した旧帝国の遺構は、ただでさえ凶悪な魔獣たちのさらなる異変を誘発し、文字通りの地獄を現世に作り出していたのです。
 探索は遅々として進まず、一人また一人と大切な部下が失われていく。エイドゥは責任の重さに耐えかね、かつての自らの判断に疑念を抱き、失意の日々の中で絶望しかけて、半ば自暴自棄になりつつありました。

 そこへ現れたのが、冒険者たちだったのです。

 エイドゥとその部下たちがより剣呑な敵と戦い続けていたおかげで、多少なりと風通しがよくなりつつあった魔窟の上層階を縦横に行き来し、めきめきと力をつけた勇士たち。一時は「捨て置け」「どうせすぐにくたばる」と無視していた輩だったのに。見違えるほど強く逞しくなった冒険者たちの姿を見て、エイドゥはきっとこう思ったに違いありません。
 こいつらが俺の部下に、いや、俺の仲間にいてくれたら、と――。



 大公オーガスⅠ世も、エイドゥが味わった絶望を経験していました。

 自分の代では到底解決できないと思い知った彼は、おそろしく迂遠で途方もない計画を実行に移しました。悪魔と契約して永遠に等しい寿命を手にいれ、ドワーフやエルフの氏族を屈服させながら権勢を拡大。才能のある者を近隣からかきあつめて育て上げる試練場を作り、洋の東西を問わず強力な武器を研究開発する工廠を建て、近年もっとも成功した軍事都市トレボー城塞が誇った「史上最強の近衛隊」の再現を目論んだのです。
 全ては、やがて訪れるであろう〔 災厄 〕に備えるために。

 しかし、計画は遅々として進みませんでした。
 無知蒙昧な輩が遠謀深慮の末に決断した事柄にけちをつけ、指示を勝手にねじ曲げ、執政の邪魔をし続けるのです。
 焦りが募るばかりの日々に業を煮やした大公は、契約した悪魔を通じて旧帝国期の知識を吸収。生命と機械を融合する禁断の外法にも手を出しました。政敵を片っ端から実力で排除、忠実な部下たちに死後もなお忠誠を誓わせ衛士とし、それ自体が巨大な魔力装置である霊廟に引きこもります。
 これで自分の邪魔をする者はいなくなった。ピラミッドが生み出す呪いが十全に機能する限り、いつか必ず願いは叶う。かの大魔導師を討ち取り、ニルダの杖を取り戻した伝説の近衛隊。彼らに負けない最強の部隊が生まれる瞬間を絶対にこの目で見届けるのだ!

 そして、志半ばで討ち果たされたのです。

 悪魔に魂を売ってまで長らえさせてきた身体をずたずたに切り裂かれ、魔法の炎で灼かれながら、大公はきっとこう思っていたはずです。
 こんなはずではなかった、どこで道を誤ったのか――。
 



 魔人エイドゥ。そして、大公オーガスⅠ世。
 冒険者たちがここまで強くなれたのは、二人がこつこつと積み上げてきたものを図らずも足場とし、そこで戦い、生き延び、ステップアップを重ねてきたからに他なりません。
 ほんの少し物事のボタンを掛け違っていたら、ここに到達していたのは恐らく他の誰かだったのでしょう。しかし運命はあなたたちを選びました。
 その証拠に、あなたたちの手元には一つずつ、確実に集まっていくはずです。剣が、鎧が、盾が、刀が、指輪が、杖が。過酷な運命と戦うための力が、偶然という壁を乗り越え、自らに相応しい新しい主の元へ。

 ヒトでありながら、ヒトを超えた力を手にしつつある者。
 そんなあなたたちでなければ成しえない戦いが、ここから始まります。
 

コメント 2020-08-21 064557

コメント 2020-08-21 064953

コメント 2020-08-21 071626

コメント 2020-08-21 072545

全ては、妄執を超えた先にある〔真の平和〕のために――。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?