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舞台「千と千尋の神隠し」千穐楽の幕が上がるということ

 7月1日17時、舞台「千と千尋の神隠し」千穐楽のみ公演を実施との報が出た。

 私の周囲には、この千穐楽のチケットを持っている方が数人おり。
 当然、その誰もが観劇を楽しみにしていた。公演が再開されるのか、仕事が手につかない、地に足付かないふわふわとした思いを抱いているのを見てきた。
 そんな彼らの観劇が叶うことになった。
 公演再開の報に触れた彼らの喜びに「良かったね」「おめでとう」という気持ちが自然と湧き上がった。

 ただし。
 この「強行」は本当に「正解」なのかー
 その点については疑問に思っている。
 発表から1日が経過したが、どうしても思うことがあり。また消化することもできないので、noteにしたためることとする。

 無論、本当に万全の体制が整ったうえでの公演再開ならば、再開おめでとう!と素直に言うだろう。

 だが、プリンシパルキャスト3名だけの感染ならば、ここまで中止が続くはずはないのだ。
 プレスリリースにある、「その後も上演準備が整わないため」という文言から、アンサンブルにも罹患者が出ていることは容易に想像がつくし、キャストの方々が思いをぶつけてくださるSNSなどの文章からも明白だ。

 スウィングなしのアンサンブルは23名。
 膨大な数の大道具・小道具を操るアンサンブルはどのシーンを観てもフル稼働。ギリギリの人数で、誰1人欠けても厳しいという状態であることは素人目にも確かだ。

 少なくとも、誰か一人は間違いなく欠けている状態=安全を確保できない状況で。幕を上げなくてはならない理由なんてあるのだろうか。

 あるキャストの方が、公演中止の報が出た際に、書いていらした印象的な言葉がある。(ご迷惑はかけたくないので、ニュアンスに気を付けて意訳しました。気になる方は原文をあたられてください。いつもとても丁寧に舞台に対する真摯な思いをつづっていらっしゃる方です。)

インフルエンザと同じ扱いで上演すればと思うこともあった。
ただ、自分が罹患すれば家族・子供にうつる。最悪の事態が起きてしまったらと考えたなら。その状態で舞台に立つことはできない。

 リスクを出演者に負わせてまでする公演に意味はないー
 私のこの意見はコロナが始まってから変わらない。

 上演が決定した以上、彼らには頑張ってとしか言えない。
 もちろん、応援もしている。

 ただ。
 これが東宝だけの話だったら。たとえ90周年の記念作品であろうとなかろうとおそらく中止とする事案であることは間違いないのだ。
 「配信」という日テレの利権は絡んでいるが、配信の利益を確保したいだけなら、帝国劇場で最低4回は収録(私が把握している限りだが)をしているのだから、それを全バージョン配信すればいいだけのこと。

 穿った見方だと思われるかもしれない。
 だが、私の目にはー
 「コロナを乗り越えての感動の千穐楽!」
 そんな陳腐な感動を演出したいというメディアの意図がどうしても透けて見えてしまうのだ。
 「感動の千穐楽の模様はアーカイブで観られます」
 そんな文字が翌日のワイドショーに並ぶ光景がありありと目に浮かんでしまう。
 ドル箱のチケットが取れない舞台だった。
 そこに鼻息を荒くしている人々の存在が否が応にも見えてしまうのだ。

 どんな舞台であっても、上演は常に危険と隣り合わせだ。
 人間がするものだし、まして今回のようにそこに登場する要素が多ければ多いほど、リスクは高まる。
 舞台「千と千尋の神隠し」を観た人ならわかって下さると思う。
 カーテンコールで出てきたキャストの少なさに驚くはずだ。あの少人数でパズルのピースのような舞台を作っているのだ。
 32人のキャストとスタッフたちが一糸乱れぬ動きをしているからこそ、コロナ以外では大きな事故もなくここまで上演が続いてきたのだ。
 半年以上演じてきたものと違うパートを演じるにはあまりに身体的負担が大きすぎる。
 キャストはプロだ。
 プロだからこそ、やり遂げようとするだろうし、結果やり遂げてしまうとも思う。

 だが、クラスターが発生している中での舞台の続行、人数減によって出演者の安全は本当に担保できるのか。
 私は関係者ではない。舞台「千と千尋の神隠し」を観劇したことのあるただのアウトサイダーだ。ただ、細かな積み重ねの上にできたあの舞台を観たひとりの観客として「大丈夫」だなんてとても言えない。

 録画映像が存在しているのだから、2回の配信を録画映像で対応することもできる。収録が行われた日のうち、少なくとも2回はキャストが完全に違っていたことは確認している。
 そういった対応が「できるはずなのにしない」というところに、大人の事情を強く感じてしまうのだ。

 コロナが始まった時に「芸術は必要不可欠なものではない」と言われていた。でも、人間が人間らしく生きていく上で芸術は絶対に「必要不可欠」だ。少なくとも、私にとっては。そして、今もその考えに変わりはない。
 でも、キャストやオーケストラ、裏方ー現場の人たちの安全性を犠牲にしてまで強行しなくてはならない舞台なんて存在しない。

 もし。これは絶対に考えたくはないことだがー

 休演時の給与補償の問題が未だ解決されておらず。
 給与、すなわち生活が人質に取られており。
 舞台に携わる人たちが「無理を押してでも上演してくれないと困る」という状況が未だに継続しているのであれば、それはとんでもない事態だと思う。 
 コロナが始まってすぐならいざ知らず。2年超に渡って、有耶無耶にされているのなら大問題だ。

 この点に関しては、そうでないことを祈るのみだ。

 現在、私の手元には、同じく出演者のコロナ罹患で公演がストップしている「ガイズアンドドールズ」の公演再開後のチケットがある。
 もちろん、万全の体制がとれた上での再開であるならば、喜んで観劇へ出向きたい。
 だが、出演者が過度な負担を負ってまで実現する公演再開であるならば、私は反対をする。

 チケットが紙屑となることがあるならば。
 その一瞬は嘆くし、自分の運のなさを嘆くだろう。
 カンパニーの心の痛みに思いを寄せるだろう。
 だが、それだけなのだ。

 どんな公演だって、安全に行われなくては。
 出演者、スタッフ、観客ー
 全員が笑顔で終われない公演ならば実施すべきではないのだ。

 リスクには「取っていいリスク」と「取ってはいけないリスク」、そして「取らなくてもいいリスク」がある。
 舞台「千と千尋の神隠し」の上演は、私の目には「取ってはいけないリスク」そして「取らなくてもいいリスク」としてしか映らないのだ。

 公演再開は安全最優先であって欲しい。
 コロナという観点は当然のこととして。
 何より、肉体をつかった芸術は万全の状態で挑んですら、危険が伴う。
 万全とは言えない状態でのパフォーマンスをせざるを得ない状況下で、パフォーマンスをさせてはいけないと思う。
 そして、彼らが無事乗り越えたとしても。それを美化しては決してならない。

 私が願うことはひとつ。
 私の生活にとって必要不可欠である舞台に携わる方々が。
 舞台の稽古・出演を通して、正当な報酬を得、きちんとした生活を送り、その中で長期に渡り舞台に立ち続けて下さることである。

 だからこそ、無理を押しての舞台再開であるならばー
 そのことに舞台を愛する者として反対する。

 最後に、罹患された方々へー
 今まで全力で走ってこられたこと、観客のひとりとしてよくわかっています。自分が罹患者となったことを決して責めないでください。
 治療薬がないコロナ。
 そして、マスクはつけたままで生活することが求められている環境下において。舞台上でマスクを外し、至近距離で芝居をするということの大変さ、恐怖ー
 コロナの感染者が一時期と比較し減少しているにも関わらず、コロナが理由で中止になる舞台が多いのはマスクなしでのクローズドコンタクトが関係ないはずがありません。
 私には想像がつかない世界です。
 自分が絶対に罹患してはいけない、公演中止にならないように、家族にもうつさないようにー
 未だ嘗てない、本来であれば感じる必要性のない凄まじいプレッシャーの中、舞台に立ち続けてくださっていることに、感謝しかありません。
 ゆっくり休んで、きちんとまた舞台に復帰して下さることー
 それが、ファンの願いです。

 同じ舞台は二度とない。確かにその通りです。
 でも、皆さんが元気にそれぞれの場所で輝いていてくださる限りー
 同じ舞台はなくとも、もっとアップグレードした素敵な作品を見られる日が来ると確信しています。
 二度とない瞬間を大切にすることと同じくらい、これからも舞台に立ち続けて欲しいとそう願っています。
 継続のために必要なのは心身の健康と安全です。そのために、決して無理をしないでください。

 上演再開が決定された今。
 何事もなく、舞台の幕が上がり、そして舞台の上に立つ方、オーケストラ筆頭にそこにかかわっている全ての方が無事に笑顔で終演の時を迎えて欲しいと思っています。
 それ以上、望むものは何もありません。

 テレビの前で見守っています。

 Keep safety!

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