日記 2023/03/27〜2023/04/02

2023/03/27

数日前から娘が鼻炎を発症しているのだが、最初の症状は大量の目やにだった。眼科に連れて行ったら、ウイルス性か細菌性かその時点ではわからないとのことだったが、心当たりがないわけではなかった。その前日に幼稚園へ行き、今年度をもって辞める先生に挨拶にしに行ったらそのうちの1人が眼帯をしていたらしく、ウイルス性のなんちゃらになったとか言っていたようだ。どうやらそれが娘にうつったのではないかと思っている。
日中はそうでもないのだが、朝と夜は咳き込む。妻はその咳をもろに食らっていて移りそうと言っていたところに、昨日娘のダンスの合同練習に行ったら体育館が相当寒かったらしく、帰宅後体が冷えていると訴えて始めた。で、今朝起きたら39℃の熱。昼頃には37.5℃に落ち着いたが、咳と発熱の症状。数ヶ月前であればかなり警戒される症状だ。行きつけの病院に予約の電話をして、正午に病院へ行くことに。インフルエンザの検査となったが、結果陰性。だが、数日高熱が続くようであればまた検査するから来なさいと言われたとのこと。

たまたまシフトで明日、明後日は休みだから娘を連れて遊びに出かけることにした。福岡市内は昨日が満開だったらしく、せっかくなのでお花見に行くことに。お花見なんて何年ぶりだ。娘とお花見するのは初めてだ。いつもは妻も一緒のところを今日は2人きりというのも、寂しくはあるが特別である。天神へ一度出てジュンク堂で本と娘の文房具を買い、電車で大濠公園へ戻る。そういう予定だったのだが、天神に着いたあたりで少しお腹が痛くなってきて、ジュンク堂に着く頃には無視できないほどになった。まず乗るバスを間違えたところからだ。けやき通りを通って今泉1丁目で降りる予定で40分のバスに乗る予定にしていて、ちょうど40分に天神行きのバスがきて、これだと確かめずに乗ったのだが、渡辺通り経由だった。大幅に時間をロスしたわけだ。バスから降りたあたりから腹痛は始まったから、バスに揺られすぎたのがよくなかったのではないか。本当はジュンク堂でもっとゆっくり過ごしたかったのだけれど、腹痛の波は徐々に強くなってきて、ジュンク堂の中でトイレを探したのだけれど、そうだったこのジュンク堂にはトイレがないのだ。それで娘の折り紙、キラキラでよくわからない5枚の高額の折り紙を反対する余裕もなく買わされて、取り置きしてもらっていた阿久津隆の「読書の日記」を購入。メルマガを購読しているが、本としては持っていなくて、新刊が出るタイミングで在庫がなくなりそうな予感があったので取り置きしておいた。「読書の日記」はとうに在庫はないが、古本屋のサイトでたまたま見つけ、それも購入、定価より少し高いが仕方がない。
とにかく本を無事購入できて満足した気持ちで店を出たのだが、そこでまた腹痛が思い出された。一番大きい波だった。本屋にいた時点で一度家に帰らなければ仕方がないと思っていたが、その波は家までもつようなものでもなかった。大波だ。娘を抱っこして岩田屋に入り、エスカレーターを上がるがなかなか男子トイレがない、5階にようやくあって、しかし娘は?もう一緒にトイレに入ってもらうしかない。腹痛に悶えながら便座に座る姿を見させるわけにはいかないと思ってiPhoneを渡す。YouTube見といて。で、15分。腹痛は一旦治ったが、また波が来そうだったからやはり帰宅することにした。帰宅してもトイレに篭ることになり、結局お花見はできず。

娘と約束した明日の予定が、うんこミュージアムに行くことなのはなんのギャグなのか。

2023/03/28

妻の熱は下がらず。37℃に下がることもあったが、高いときには38.7℃とかで、今日も熱が下がらない場合はもう一度インフルエンザの検査をすると医師から言われていたため夕方に検査しに行ったが、インフルエンザもコロナも陰性だった。それは良かったが、2日妻が寝込むとやはりなかなか大変である。

約束したとおり、今日はうんこミュージアムへ。
ホークスのガルビスと又吉がうんこミュージアムに行った動画を見ていたので、どんな感じのものかは少しは知っていたが、実際に行ってみると思っていた以上に面白かった。うんこはうんこなのだが、全く下品を感じさせず、むしろオシャレそのもので、うんこでこんなにも楽しめるものかと思った。まぁ、うんこは子どもの大好物で、うんこうんこうんこうんこうんこと連呼するだけで子どもはテンションが上がるものだが、オシャレな若者が子どもと一緒の空間にいて楽しんでいてシュールというのか非日常というのかハッピーな場だった。

入ってすぐに便器が並んで置いてあって、そこに座っていきんでうんこを出すふりをする。いきんだ後にプラスチックのうんこがでてきて、それに割り箸を指して場内を動き回るのだが、うんこにある穴が小さくてなかなか割り箸が刺さらない。他の人たちも四苦八苦しながらうんこに割り箸を指す、この文章を読むだけだとなんて下品なんだと思われるかもしれないが、それは微笑ましい光景なのだ。

いきんでプラスチックのうんこを手に持った娘はとても険しい顔をしていた。どうやら便器に座ったときに、いきむふりじゃなくて本当にいきんでしまったのだろう、便意を催したらしい。娘はしばらく真面目な顔をして、便意をなかったことにしたようだった。うんこミュージアムにはトイレがないのだ。便器はたくさんあるのだが、実際に用を足せる便器はないのである。よく考えればなんて拷問であろう。しかし、ボールプールを目にした娘は靴を脱いですぐにそこに飛び込み、遊んでいる間に便意のことを完全に忘れたようだった。いいのか良くないのか、きっと良くないのだろうが、入ったばかりだったのでどうしようもなかった。

それからガルビスや又吉もやっていたように、うんこーと叫んだり、落ちてくるうんこを掴み損ねたり、うんことたくさん写真を撮ったり、1時間半くらいだったと思うが、楽しく遊んだ。

日記の中で、いや日記に限らずあらゆる文章の中でこれだけうんこと書いたことはない。背徳感すらほとんどないのは、うんこミュージアムに行ってうんこに対して持つ下品なイメージが薄れたからだろうか。いや、うんこは下なのだから下品に間違いないのだが。ATOKはうんこを重要な単語として認識し、しばらくは「う」と打っただけでうんこが出てくることだろう。

うんこうんこうんこうんこ、書いていてボギーさんの歌を思い出した。

2023/03/29

妻と娘は引き続き風邪の症状。娘は鼻炎からくる症状で熱などはないが、咳がきつそう。妻は熱が上がったり下がったり。

娘は咳が止まらないのに、ずっと話している。とにかくずーっと話している。鼻水も咳もしんどいだろうに、咳き込みながらもずーっと話している。僕も今日は花粉症がひどく、すべてに応答するのは難しく、妻はまだ熱があるので応答できず、なのに娘はずーっと話している。ちょっと黙ってほしいと思うくらいにずーっと話している。子どものエネルギーはすごい。咳や鼻水は関係ないのだ。

昨日「読書の日記」が届き、早速読み始める。一昨日、先に「読書の日記2」を買って我慢できずに読み始めていたのだが、やはり時系列順に読み始めるのがいいと思って、「読書の日記2」は一旦積ん読棚に入れた。「読書の日記」のメルマガでもあることだが、読むのを忘れていて新しい方を読んだあとにその前週や前々週のものを読んでごっちゃになってしまうことがあり、そうすると混乱とまではいかないが少し頭が変な感じになる。
そのまま「読書の日記2」を読みたい気分でもあったし、何より「読書の日記2」は「読書の日記」よりもサイズがコンパクトなので今度の大阪行きの旅行でも持ち運びしやすそうだと思ったのだが、時系列順にまずは「読書の日記」を読むことにした。

昨日「読書の日記2」を読んでも感じたことなのだが、今の現在進行中のメルマガの「読書の日記」と文体がかなり違う。「読書の日記2」と「読書の日記」でも文体は違う。それは別に不自然なことでもなんでもなくて、毎日書いていればそれは文体も変わる、読んでいる本によっても変わるし、気分によっても変わる。その変化が見られるのが面白いということだ。僕も昔の日記を読み返すときがたまにあるが、文体はやはり違う。読んでいた本に明らかに影響されていることもあれば、ひどく感情っぽいときもあるし、書くのが面倒だったんだなぁと淡泊なときもある。3年前の日記はもやは他人が書いたと思われるくらいに客観的に読むことができる、こともある。今の状態と地続き感が強いときにはそうでもないけれど。

「読書の日記」の最初はフォークナーの「八月の光」を読んでいて、僕も数年前に読んだはずなのに、読んだのも同じ新潮文庫の加島祥造訳のはずなのに、引用されている箇所にほとんど既読感がない。印象に残った本の一つであるはずなのだが。割と分厚めの長編小説なので、引用されている箇所だけ読んでもなかなか思い出すことは難しいのかもしれない。また読み直すか、もしくはフォークナーの別の小説を読みたい気分になってきている。

気づけば開幕まであと2日。僕の予想スタメンはこうだ(打順以外は当たっていた)。

1 牧原大成 (二)
2 近藤健介(左)
3 柳田悠岐(右)
4 栗原陵矢(三)
5 アストゥディーヨ(DH)
6 中村晃(一)
7 正木智也(中)
8 今宮健太(遊)
9 甲斐拓也 (捕)

アストゥディーヨが周東になるかもしれない。その場合は近藤がDHに入って、センター周東、レフトに正木になるか。

2023/03/30

昨夜娘は咳き込んで何度も目覚め、そのたびに鼻を吸ってあげていたが、かなりしんどそうだった。1時過ぎくらいまでは30分毎に目覚めることを繰り返し、それ以降は咳こそしていたものの目覚めてはいないようだった。妻の体調も万全ではなく、僕はリビングで寝ていたのだが、寝室からは娘と妻の咳が交互に聞こえてきて、それがとてもリズミカルで2人で何かの曲を演奏しているように聞こえないこともなかった。

途中、娘の熱は38℃を超え、鼻炎にしては熱が出るなぁと思ったが、毎回そうなのだ。しかし咳が止まらないので、さらにこじらせて肺炎などにならないか心配である。既に二度病院へ連れて行ってはいるが、少しでもおかしいと感じたらまた連れて行きたい。

ここ3日間は妻が動けなかったので、基本外食だった。僕が問題なく作れるのはナポリタンスパゲッティだけで、にんにくの効いたこの料理は体が弱っているときにはあまり良くないだろうと思って作らなかった。こういうときに、体に優しいものを、簡単に作れるようにしておかなければならないと思った。外でできあいのものを買うにしても、2人がいきなりダウンしてあたふたしないように、鉄板のものがいくつか頭にすぐ浮かぶようにした方がいい。この3日間は2人が食べたいと言ったものを買ってくるようにしていたが、それが体にとって良かったのかは疑わしく、もっと気を使っていれば治りは早かったかもしれないと今さらながら後悔している。

とりあえず今日はスープストックを買ってきて欲しいと言われ、スープストックであれば確かに悪くはなさそうなのでランチはスープストック。そして夜は鍋焼きうどんにするか。

2023/03/31

2人とも熱はほぼ下がり、妻も喉の痛みと倦怠感がある程度のようだが、娘は咳と鼻水がまだ酷い。鼻水を自分でまだかむことができないので、鼻水を吸う機械を使っている。日中は娘が自分で使うこともできるし、吸い切れていないようであれば妻や僕が手伝う。問題は夜である。寝ている間に鼻水が喉のあたりに溜まるようで、それで咳き込んでしばらく呼吸が難しくなる状況となるのだが、それで驚いてしまうのか、鼻を吸うのも嫌がる。しかし、鼻を吸わないとまた起きることことになるので説得するのだけれど、ギャン泣きしてなかなか言うことを聞いてくれない。ということが昨夜何度か起こった。咳で何度も起きるというのはしんどいだろう。少しずつ、快方に向かっているように見えるのは良かった。

ただ、昨夜から、今度は僕の鼻水が止まらない。午前中も怪しかったのだが、22時くらいから一気に酷くなり、ティッシュを一箱使うほどだった。昨日朝歩いたので花粉症なのか、それとも娘か妻の風邪がうつったのか。前者であればまだいいのだけれど。

実家に電話すると父も体調を崩していて、ヒノキ花粉による症状らしい。娘もそれじゃないかと思うし、僕もそれのような気がする。しかし、何の症状にしても早く治さないといけない。なんせ来週は大阪でBob Dylanのライブだ。こだまで行くようにしているので、体調不良の中、長時間新幹線に乗るのはしんどい。症状が酷いようであれば今日の夕方にでも早めに病院に行くことにしたい。

昨夜は日ハム対楽天戦を観た。斎藤雅樹がエスコンフィールドの紹介をしていたが、素晴らしい球場のようで、一度行ってみたい。しかし今年の楽天は強いんじゃないか。マー君はほぼ完璧に抑えていたし、中日からトレードで入った阿部や、新外国人のフランコのパワーは凄まじそう。

今日はホークスの開幕戦だ。先発は大関。一昨日スタメンを予想したが、実際のスタメンがどうなるかも楽しみだ。昨日ホークスTVで決起集会の動画を観たが、近藤健介のスピーチが最高だった。最高すぎて3回連続で観た。実力は言うまでもないが、キャラクターも良く、ホークスを盛り上げてくれそうだ。

2023/04/01

いやぁ、昨日の開幕戦は良い試合だった。大関の見事な奪三振、そして栗原のホームラン。新加入の近藤健介はさすがの粘り強さ。頼もしいことこの上ない。

オープン戦で、球場で体験済みであったが、声出しと鳴り物応援が解禁されて初めての公式戦だった。テレビで観ているだけでも、オープン戦のときととは熱量が違うのがわかる。超満員だから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、あの応援には懐かしさと感動すら覚えた。鳴り物での応援についてはWBCでも賛否両論があったように思うが、僕は鳴り物はあった方がいい。小学校の頃初めて球場に入ったときの福岡ドームのとてつもない広さと同じくらい、鳴り物の迫力に圧倒された記憶が未だに残っているのだ。去年も何度か野球観戦に行ったが、鳴り物がない野球は物足りないものである。
しかし、ロッテ側の応援は凄まじかった。コロナ禍前もすごかったが、昨日は数年分の鬱憤を晴らすかのように、より一層迫力を増していた。ホームゲームではないのではないかというくらい、ロッテの応援はすごかった。口笛のリズムも目立っていたが、あれも以前から鳴っていただろうか。途中、ホームなのかアウェイなのかわからなくなり、当たり前だがホークスがピンチのときほど応援の音はさらに増すもので、ええぃ、うるさい! と思ってしまったが、その気持ちは懐かしい。

昨日の試合前の声出しでギータがロッテの応援について触れていた。ロッテの応援にはノリたくなってしまうものらしい。リズムにノっている姿をカメラに抜かれるから注意しろ、と。そうか、選手にとっては 選手以上にホークスというチームに肩入れしすぎているのかもしれない。

2023/04/02

昨日はエイプリルフールだったが、日付が変わってすぐに妻に仕掛けられた。去年は僕が仕掛けて見事に騙すことができたのだけれど、今年はやり返された。去年僕にやられたのが相当悔しかったらしい。疲れた嘘というのは、
サマソニで東京のみにラインナップされているNew Jeansが大阪にも決まったというもので、それを言われた瞬間から具体的に大阪行きの旅行計画を頭の中で組み立て始めたのだけれど、妻の空気でエイプリルフールであることに気づいた。相当に悔しく、しかし上手く騙されたなぁという感じである。嘘だとわかった瞬間のガッカリ感も相当なものだったが。しかしNew Jeansはなぜ大阪には来てくれないのだろう。

仕事後に文喫へ。fuzkueの結構前のメルマガで文喫のことが出ていて、それまで存在しか知らなかった文喫のことが気になり始めた。入場料を払って、中にある本を買う権利が手に入るというのがよくピンとこなかったのだけれど、文喫のホームページを観ているとナイトクルージングというサービスがあることがわかって、16時以降であれば770円で入ることができる。コーヒーはおかわり自由であることを考えれば高いことはなく、時間を気にせず閉店までいられることを思えばむしろ安い。ということで、しばらく行く機会をうかがっていたが、ここ1週間ほど家族全員がダウンしていたこともあって、ようやく昨日行くことができた。

職場での昼休み用に鞄の中には3冊の本が入っていてそれらを読む予定だったが、文喫の中には読みたい本がたくさんあってつい手に取ってしまった。買いたいリストに入っていた岸政彦の「リリアン」を自席に持って行って読み始めた。で、時間内で読み終えてしまった。 

もともと買う予定にしていた本を買わずに読めたのだからすごくお得だった!と言いたいところだが、読後感が期待していた以上にずっと良く、岸政彦の本の中でも最も好きかもと思ったほどで、そんな本を読まずに立ち読み的な感覚で読み終えたことにちょっとした微妙な気持ちもあった。現実的に一日中文喫にいることは難しいが、1日あれば長編でもかなり読めるだろう。

文喫は美味い珈琲を飲めるし、読書に集中できる環境でもあるからこれからも利用したいが、利用の仕方は難しいところだ。手持ちの本を持って行くだろうが、行けば文喫の中にある本を手に取らずにはいられないだろう。fuzkueはおそらく手持ちの本を持って行って読書をすることに集中できる環境を提供しているのだろうから、文喫とは全く違う。fuzkueには行ったことがないからどっちがいいとは言えないけれど。

しかし職場から近い場所に文喫があるのはとても喜ばしいことだ。そんなに頻繁には行けないだろうが、休みの前の日とかであれば文喫で本を読むことを楽しみに仕事を頑張れる。

坂本龍一の訃報。残念でならない。教授、今までたくさんの素晴らしい音楽をありがとうございました。


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