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第12話 思いの果て

庚申待の夜が出てきました
一晩中、寝ないで起きている日と言われておりますが、
勝手な解釈で「体内時計の調整」をしていたと考えてました
本来は、体の中にいる三尸の虫が普段の悪行をみていて、
その悪行を庚申待の夜に天帝(閻魔大王)に報告に行く日と言われています
報告される天帝は、一晩中、三尸の虫の話を聞くのかと思うと、
偉い人も大変だなぁ~なんてつくづく考えてしまいます
後世にも続く行事となり、現代でもそこかしこに庚申塔が残っています
詳しくは下記からどうぞ・・・

庚申待の夜にいろいろと動きました
何よりも笑ってしまったのは、百舌彦が持ってきた道長の手紙を
音丸に渡したいのに石を投げても起きない
代わりに百舌彦に気がついたのが、まひろの弟の藤原惟規
百舌彦「いえ、これはまひろさまに・・・」
惟規 「うぉ~ご苦労、渡しておこう」
百舌彦「よろしくお願いします」と手紙を惟規に渡します
百舌彦は、三歩進み振り返り「お願いいたします」
その間に惟規は、手紙の中を見ようとします
百舌彦は四歩進んで振り返り弱弱しく「お願いいたします」
そう言って角を曲がり岐路につきました
この時の惟規は、
「お姉ちゃんもやるねぇ~。ちゃんと文をくれる相手がいたんじゃん!」
そんな、心の声が漏れ出てきて「相手は誰?」と手紙を読んでしまいます

百舌彦は、いつも音丸とはコミュニケーションがとれていたので、
確実に手紙がまひろに届くことを知っていましたが、
主の命を完徹してまひろに手紙が渡ることをこなしたいが、
「あなた誰?」みたいな人に渡してしまうのは心残りだった
でしょうね

表向きのやりとりは、成り立っているように見えるのですが、
お互い思いが違うところにあるのが良くわかります
結果、双方が満足いく形になれば良いのです
まさに、今回の百舌彦と惟規は完璧にお互いの役割はこなしています

しかし、普段からコミュニケーションをとっていないと依頼する側は
不安を感じる可能性は高いと考えられます
それを知っていれば、その相手とのコミュニケーションの量と質が
大事になってくるのですが、最初からフレンドリーにはなれません
そのために、お互いが認め合う時間を構築化します
初めて会う人にはやはり「挨拶」から始まる理由です
例えば、初見の方と会う前ってドキドキしてませんか?
「どんな人なのかしら?」
「どんな話題が出てくるのかな?」
「嫌な人だったらやだなぁ~」
「こんな展開で話を進めていこう」
「お昼ご飯は何を食べようかな?」なんて、周囲に人がいたとしても
そことは違うところにいるように自分と対話していたりしませんか?
自分を整理したり英気を養う時間を構築化します
そこから、やっと人と接する最初の時間として、
初めて会う人にはやはり「挨拶」から始まめます
ちなみに、道長は詮子と会う時に「手紙」を出さずに会うことをしました
母親の藤原穆子が驚いたのは、
「挨拶」という儀式の時間を飛ばしてあっという間に
距離を縮めることをしたからですね
まぁ~詮子が良くて物語が上手く進むのならそれは良しと言えますが・・・

人とのコミュニケーションの時間はいきなり縮めることはできないものです
時間と言う観点からも見直してみても良いかもしれません


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