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【藤田一照仏教塾】道元からライフデザインへ(19/07)学習ノート②

(ここまでの7月一照塾)
6月塾からのhomeworkをシェアする「道元さんにさらに食い下がる問い」グループワークの模様は、学習ノート①をご覧ください。

この「学習ノート②」では、一照さんによる「弁道話講話 (十八問答のうち問答10~問答16)」について振り返っていきます。

問答11「持戒梵行、戒禁取見」

先月からの順番でいくと「問答10」からなのですが、問答10は長いし、大事な論点を含んでいるので、皆さんが食い下がってきそうでもあるので(笑)、それは後に回して、順番を入れ替えながら、比較的短い問答からつぶしていきます。

(問答11)
とふていはく、この坐禅をもはらせむ人、かならず戒律を厳浄すべしや。
しめしていはく、持戒梵行は、すなはち禅門の規矩なり、仏祖の家風なり。いまだ戒をうけず、又、戒をやぶれるもの、その分なきにあらず。

坐禅を専らにする人は(「もはら」と書いてあるのが「専ら」ということです)、必ず戒律を守るべきですか?という問いです。
それに対しての答えは、「戒律を守って聖なる行(梵行)をすることは、禅のルールであり仏祖の家風だから、そんなことは当たり前だ」ということです。

次の一文は、「まだ戒を受けていなくても、また、戒を破ってしまった人も、"分なきにあらず"、坐禅の世界に入る道が閉ざされたわけではない」ということです。「戒律を厳格に守るべきですか」と問われて、「それは当然だよ」と答えておいて、「戒を破った人でも出直せる」というようなニュアンスで言っていると思います。

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「戒を守っていることを鼻にかけている」ような人たち、というのがいるわけです。「お前は戒を守れていないじゃないか!」ということで、戒を使って他の人を批判するような言動を吐く人たち。
これは宗教的にはやってはいけないことです。なぜかというと、宗教というのは主体的なものなので、他の人を裁き罰するために宗教的なメッセージを使ってはいけないのです。宗教というのは、その様にはできていないので。

澤木興道老師も、「"私は戒を守っているぞ"という破戒もあるぞ」というような言葉を遺しておられます。
そういうことにもちゃんと名前がついていて、

「戒禁取見」
(「オレは戒を守っているぞ」という偉そうな見解)


といいます。

また、「小乗の持戒は大乗の破戒」という言葉もあります。
これは、大乗仏教の人たちが自己防衛のために使うことも多いですが、一抹の真理も含んでいて、小乗仏教で「戒を守っている」ということが、それ全体としてみれば大乗にとっては破戒である…というような意味です。
ともすれば、規則を守っていることに自分のアイデンティティを置くことにこだわっているような態度です。

小乗の持戒というのは、「to do リスト」ではなくて、やってはいけないこと「not to do リスト」が250項目とか300項目とかずらっと並んでいるわけです。

満月の日と新月の日に、比丘(修行者)たちが集まって、戒律を読み上げながら、守れたか守れなかったかを反省する「ウポーサタ(布薩)」という儀式があります。
戒を守るのは当然ですけれど「守りかた」が大事だということです。


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問答12「一事をこととせざれば一智に達することなし」

(問答12)
とふていはく、この坐禅をつとめん人、さらに真言・止観の行を、かね修せん、さまたげあるべからずや。
しめしていはく、在唐のとき、宗師に真訣をききしちなみに、西天東地の古今に、仏印を正伝せし諸祖、いづれも、いまだ、しかのごときの行を、かね修すときかず、といひき。まことに、一事をこととせざれば、一智に達することなし。

道元さんによって日本に新たに坐禅という行がもたらされる以前からある、真言の修法や、天台宗の大成者である天台智顗によって説かれた天台止観(摩訶止観、大乗的な立場によるサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想)を、坐禅と一緒にそういう行法を兼ねて修行するのはどうでしょうか?何か妨げになることがあるでしょうか?…という問いです。


宋代以降の中国では、坐禅をしながら念仏するという「禅浄双修」ということが始まりました。

坐禅は素晴らしい。
念仏も素晴らしい。
素晴らしい+素晴らしい=ダブル素晴らしい。
……という(笑)、加算的な考え方がこの問いの背景になっています。

只管打坐という行を選択決定(せんじゃく・けつじょう)している道元さんの立場からすると、「二股かけちゃダメ」ということで、いいものといいものを足してもっとよくしよう…などというこの様な考え方は、もっての外ということになります。

それに対して"しめしていはく"、中国での修行の時に、師に修行の正しいやり方について尋ねた時には、「インドでも中国でも、仏印(さとりの印)を正しく伝授された祖師方は、そのような二股かけたような修行はしていない」…と聞いた。

ひとつのことに徹底的に取り組まない限りは、ひとつの智に達することはない…「二兎を追う者は一兎をも得ず」という回答をしています。

道元さんは、潔癖症的な性格を持っておられたようですし、鎌倉時代のエートスというか、「一事を徹底する」という武家の家風からの影響があるとお思います。

「正法眼蔵随聞記」の中にも、

広学博覧はかなふべからざることなり。一向に思ひ切りて留るべし。ただ一事に付いて、用心故実をも習ひ、先達の行履をも尋ねて、一行を専らはげみて、人師・先達の気色すまじきなり。

と書いてあって、「広く浅く」はダメと言っています。
私などは怒られまくると思いますが(笑)。


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問答13「身の出家、心の出家」

(問答13)
とふていはく、この行は、在俗の男女もつとむべしや、ひとり出家人のみ修するか。
しめしていはく、祖師のいはく、仏法を会すること、男女・貴賤をえらぶべからず、ときこゆ。

道元さんの当時は、在家と出家、男と女の区別というのが現代よりはるかにあったのでしょうね。

私はアメリカへ禅の指導に行って間もない頃、チベット仏教の高僧が主宰しているリトリートに連れて行ってもらったことがありました。
何かおみやげを持っていかなければ、と思ってチョコレートを買って持っていったのですが、それをお坊さんに渡そうとすると、在家の人がそれを受け取って、立ち上がらないで膝行って(いざって)いって、高僧の隣にいる人に渡していました。「高僧にはものを直接渡せない」ということだったのです。

あとで聞いたら、テーラワーダ仏教などでもそういうことがあって、お坊さんは一段高い台の上に坐っておられて、部屋に入ると、立って歩いていけなくて、跪いて膝行っていって、例えばお金だったらお坊さんには直接渡せなくて、そういったものを受け取ることができる"お付きの者"みたいな人に渡すのです。
在家と出家をはっきり区別する、ということが社会の慣習として根づいているのですね。道元さんの当時もおそらくそうだったのでしょう。
そういった社会慣習が背景になって「在俗の人も坐禅を行なうべきか」という問いが出てきています。

それに対しての答えは、「祖師のいはく、仏法を会すること、男女・貴賤をえらぶべからず、ときこゆ。」
「と聞こゆ」というのは「~と聞いている」、道元さん自身の考えではなくて、「そういう話を聞いた」ということですね。

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道元さんは伝統を重んずる人なので、質問に対しては「かつてはそのような例はなかった」とか「昔からみんなこうしてきた」、「こういう話を聞いている」というような答え方を、この「弁道話」ではよくしています。

「祖師方の言うことには、仏法を理解するにあたっては、男女や身分の違いは全く関係がない」

これは、ブッダも「血によって尊いのではなく、行ないによって尊いのだ」というようなことを言ったと経典に書いてあります。
「アウトカーストの人たちも教団に入れて、阿羅漢になった」…ということが書かれている経典もあります。

道元さんも、晩年になると「出家主義」に傾斜してきたと言われています。
30歳代の頃に「弁道話」を書いていた時には在家の人たちにも期待をかけていたのだけれど、50台近くになって永平寺に引っ込む頃には、在家の人たちに絶望してきたのでしょうか(笑)。

永平寺で身の回りで接しているのはほどんどお坊さんばかりだったでしょうから、僧侶になることの大事さを強調すれば、結果的に「出家至上主義」というふうに聞こえるのかもしれませんね。

出家というのは「心の出家」というのが大事で、「身は出家しているけれど、心は在家のまま」という人もいるわけです。

4つのパターンが考えられます。

① 身も心も在家:俗人
② 身は在家、心は出家:新出家
③ 身は出家、心は在家:エセ出家
④ 身も心も出家

道元さんの立場からすると、④がいちばんよいということになりますよね。伝統的な「ほんものの出家」ということで。
次によいのは②。「居士」とか「大姉」といって、在家の仏道修行者。
③は...困ったものだね。Fakeだからね。ネガティブな意味で態度が分裂しているから。

内山興正老師は、在家者と出家者について、「仏法という広い田んぼがあって、そこに水路を通して水を引いてくる。在家修行者がいる広い田んぼに、きれいで栄養のある水を引いてきて、仏法を田んぼに栄えさせるのが、出家修行者の役割」という考えを持っておられたようです。

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問答15「末法思想を超えて」

(問答15)
とふていはく、この行は、いま末代悪世にも、修行せば証をうべしや。
しめしていはく、教家に名相をこととせるに、なほ大乗実教には、正・像・末法をわくことなし、修すれば、みな得道すといふ。いはむや、この単伝の正法には、入法出身、同じく自家の財珍を受用するなり。正の得否は、修せむものおのづからしらむこと、用水の人の、冷煖をみづからわきまふるがごとし。

仏教のひとつの"神話"に、「お釈迦様が亡くなってから500年間は"正法"の時代、その次の1000年間は"像法"の時代、それ以降は"末法"の時代」というものがあって、日本ではちょうど鎌倉時代以降に末法に入った…とされる「末法思想」があります。
末法は、教えも失われていくし、行もなくなって、悟りもなくなっていくという、仏法が最も衰退した"暗黒時代"で、それがずっと続いたあとに、弥勒菩薩が現れて…という話があるわけです。

道元さんにとっては、「私が受け継いだ"単伝正直の仏法"は、時代の移り変わりとは全く関係がない」ということで、末法思想などは一切取らないのですが、当時はこのような歴史観が人々の間で常識となっていたので、「末法の世には伝統的な修行は成立しないから、"易行"の念仏で…」という、当時の浄土教の流行を背景にした問いになっています。

「大乗実教には、正・像・末法をわくことなし」、大乗実教というのは、天台や真言や華厳の教えのような"究極の大乗仏教"のことをここでは言っていますが、そこには、浄土教の人たちが言っているような「正・像・末」などという区別はないのだ、と。
きちんと修行すれば、例外なくすべての人々が得道するのだ…と、この質問の前提それ自体を否定した回答になっています。

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「いはむや、この単伝の正法には」…いかにも若き道元の自信に満ちた言い方ですが、「入法出身」、ここが大事なところですが、法(Dharma)に入ったらそこから出てこなければならない。法に入ったままだと、そこにとらわれてしまうからですね。「身につけて、忘れる」というのが、禅でも大事にしているところです。
「自家の財珍」、これは"自受用三昧"のことですが、自受用三昧というのは、自分のおうちに既に宝物として持っているものだ…というわけです。それを受け取って用いるということが「証」である。

あたかも水を使おうとしている人が、水が冷たいか暖かいかを人に聞かなくても、検査したりしなくても分かるように、証を得たかどうかというのは、修行している者自身が明らかに分かる…と言っています。


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問答10「生死即涅槃、煩悩即菩提」

外道が見
この問答で、"とふていはく"の人が道元さんへの問いのかたちで説いている説というのはどういうものかというと…

心常相滅論
心の本性というのは、変化しない。
身体は生まれたり滅したりということがあるけれども、霊魂のようなものは不滅である。これが心の本質である。
身というのは、服のような仮の姿で、死んだら心はその服を脱ぎ捨てて、魂は別の服を着て、また生まれ変わってくる。
心(霊魂)は常住であり、去るとか来るとか現在というのは変わらない。
…このようなことをほんとうに知ることが「生死を離れる」ということである。
この身が終わっても、魂は性海(魂のふるさとのようなところ)に帰っていって、悟った人はそのまま性海にいて帰ってこないのだけれど、悟っていない人はカルマを作ってしまうので、流転輪廻する。
流転輪廻から解脱するためには、坐禅なんかして無駄に一生を過ごすよりは、心性が常住であることを早く知ることのほうが大事である。

この問いに対して、道元さんは「そのような見解は、まったく仏法ではなく、先尼外道が見である」と答えています。
「外道」というのは、仏法以外の教え、ブッダが説いた以外のスピリチュアルな道のことを言います。ブッダが生きていた当時のインドでは、「六師外道」と呼ばれているものを代表として、様々な思想がありました。


次の段落では、道元さんはあらためて"外道の見"について分かりやすくまとめています。

かの外道の見は、わが身、うちにひとつの霊知あり、かの知、すなはち縁にあふところに、よく好悪をわきまへ、是非をわきまふ、痛痒をしり、苦楽をしる、みなかの霊知のちからなり、しかあるに、かの霊性は、この身の滅するとき、もぬけてかしこにうまるるゆえに、ここに滅すとみゆれども、かしこの生あれば、ながく滅せずして常住なり、といふなり。

道元さんはこれに対して「このような考え方を仏法だと思うことは、あたかも瓦礫のようなものを手にして"これは金の宝だ"と思うよりもなお愚かなことだ」と言っています。
「心常相滅説」では、諸行無常から免れている霊魂のような存在を認めていて、変化しないものと変化するものがこの世にある…という「二元論」的な構造になってしまっている。

先ほど塾生の方から質問があったのですが、この「変化しない」ということについて、心常相滅説で「霊知」と呼んでいるものと、「真如(あるいは、道元さんの言葉にいう"道本、全体…"など)」とは、違うものなのです。

真如からすると、この場合の"霊知"というのも変化する世界に属している。
「外道の見」の問題点は、"存在に変化するものと変化しないものがある"ということにあります。
「癡迷のはづべき、たとふるにものなし」以下、この心常相滅説が如何に間違った見解であるかが、つらつら書かれています。

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生死即涅槃、煩悩即菩提

しかあるを、なんぞ身滅心常といはむ、正理にそむかざらむや。しかのみならず、生死はすなはち涅槃なり、と覚了すべし、いまだ生死のほかに涅槃を談ずることなし。いはむや、心は身をはなれて常住なりと領解するをもて、生死をはなれたる仏智に妄計すといふとも、この領解・知覚の心は、すなはちなほ生滅して、またく常住ならず、これ、はかなきにあらずや。

これは、大乗仏教のいちばん大事なところです。
上座部(小乗)仏教では、生死と涅槃は定義上違います。涅槃とは生死を解脱したものなので、生死と涅槃はイコールでは結べないことになります。
このことと、ここで道元さんが「生死即涅槃」と言っていることとは、架橋のしようがない対立点です。テーラワーダ仏教の方と話すときは、ここでそれぞれの前提が違ってくるので、どうしても一致できないところです。

■ メビウス・ロジック
仏教用語辞典を見れば、「生死を解脱したものが涅槃」いうことで、この2つは全く異なるものです。
同じように、「煩悩をすべて除滅して、菩提を得る」ということになっています。
「生死を否定して涅槃」、「煩悩を否定して菩提」なので、生死と涅槃、煩悩と菩提は、それぞれ共存ができないものということになります。
ところが、ここに「即」という"マジックワード"が入ったものが、大乗仏教のテーゼになります。

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これに基づいて、親鸞さんは、「不断煩悩得涅槃(煩悩を断ぜずして涅槃を得る)」と言っています。

「生死を解脱したものが涅槃」とした場合、生死から涅槃へピョンとジャンプしなければいけないのですが、「生死即涅槃」というのは"メビウスの輪"のようなものなのですよ。
メビウスの輪というのは、1回ひねった輪の上を「表側」だと思って歩いていたら、知らない間に「裏側」になっているのですね。生死や煩悩をずーっと歩いていったら、知らない間に涅槃・菩提になっている…ジャンプした覚えがないのに、煩悩を談じた覚えがないのに。この「即」の一文字を入れるのを、私は「メビウス・ロジック」と言っています(笑)。

生死を離れた覚えがないのに、煩悩を滅尽した覚えがないのに、涅槃に入っていたり、菩提を得たりしている…「こんな良いことって、あるの?」
大乗仏教は、これが基本の考え方になるのですが…これをどう考えたらいいのか?
もちろん「体験しなければ分からない」のですが、知的レベルでもある程度は理解しておかないと、手のつけようがない。

■ 迷を大悟する?悟を大迷する?
正法眼蔵「現成公案」巻に、「迷を大悟する」という表現があります。つまり、「大悟するには迷が必要だ」ということです。何を悟るのかというと「迷っているという事実」を悟る、迷っている自分を知るということです。煩悩とか生死を"材料"にして、菩提とか涅槃が成り立っている。生死に"即して"涅槃があるし、煩悩に"即して"菩提がある。「煩悩を断じてしまったら、菩提は得られない」ということになります。

このように、仏は迷を大悟するのですが、一方、凡夫は何をするのかというと「悟を大迷する」と道元さんは書いています。すごい表現ですよね。
これはどういうことかというと、もう既に自受用三昧の中に暮らしているのに、自受用三昧の中にいないと勘違いして、外に探しに行く。悟りの中に暮らしているのに、それに気がつかないというのが「悟を大迷」ということです。

ここでは、悟と迷が「反転しあっている」という関係になっています。メビウス・ロジックなので、1回ひねっているのです。
私たちは平板なロジックで物事を考えているのですが、「1回ひねりなさい」ということになりますよね。

■ 身心一如
「生死と涅槃」「煩悩と菩提」というように、まったく無関係な、相互背反的な概念で考えるのは「二元論的(dualistic)」な考え方ですが、「生死即涅槃」、生死の只中に涅槃があるというような考え方は「非二元的(non duality)」です。
心と身の関係もこれと同じで、身とは全く関係がない心というものがあって、それが出たり入ったりするという心常相滅的な考え方は、二元論的ということになりますよね。
領解・知覚するはたらきを持って、身を離れても常住である(と、心常相滅論が言う)心も、それ自体が生滅してしまうだろう、というわけです(この領解・知覚の心は、すなはちなほ生滅して、またく常住ならず)。

嘗観すべし、身心一如のむねは、仏法のつねに談ずるところなり。しかあるに、なんぞこの身の生滅せんとき、心ひとり身をはなれて生滅せざらむ。もし、一如なるときあり、一如ならぬときあらば、仏説おのづから虚妄になりぬべし。

身心「一如」ですから、身が滅びる時には心も滅びるし、心が滅びる時には身も滅びる。身の中に心が入っているし、心の中に身が入っている。二元論的には考えられないということになります。

外道の見と仏法の見とでは、二元論と非二元論ということで、前提が全く異なることになります。
正法眼蔵「生死」巻にも、「生死として厭ふべきもなく、涅槃として願ふべきもなし」という言葉があります。生死だからといってそこから逃げ出そうとしない、涅槃だからといってそれを願わない。
自分の背中側に生死を置いて、自分の前に涅槃を置いて、生死から涅槃へ向かってダッシュしていこう、というものではないということです。

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■ 思考・観念を超える
私たちは、思考したものにとらわれがちなので、生死と涅槃を思考で考えたら、定義からして別なものなので、決着のつきようがないということになりますから、この問題を思考で解くということはできない。思考・観念を超えるしかない。

私たちは言葉で思考している以上、言葉が持つ性質に拘束されたかたちで思考しています。
言葉というのは、「生死/涅槃」「身/心」というように、二つに分けて考えるようにできています。先ほど「二元論的」と言ったことと同じことなのですが、「対待的」な性質を持っています。

生 - 死
来る - 去る
正しい - 間違い
左 - 右
父 - 子

対になっている2つの観念が、意味的に互いに背反しているのだけれど互いに支え合っていることを「対待的(観念)」と言います。「待」というのは、対になっている相手を待って初めて、もう一方の概念が成立することを言います。このやり方で考えている限りは、いつまでたっても二元論的な考え方からは抜け出せないわけです。

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「真如」とか、英語で言うと「Reality」と呼ばれているようなものは、観念を超えてしまっていて、思考で考えることもできないし、コミュニケーションもできない。そういうものを自分の中に取り入れるために、私たちは、本来はないところに"区切り、境目"を作っているのです。
言葉はそうした"境目"を作るために発明されたのですが、言葉は「地図」なので、現地とは違うのです。

現に、その区切りが正しいものであれば、普遍的であるはずなのに、各文化によって区切り方が全然違うし、区切る網の目の大きさが違う。
ある文化では「風」を表わす単語が何十種類もあるかと思えば、別のある民族では「雪」を指し示す言葉の種類がたくさんある。
「虹は七色」と言いますが、人によっては「5色だ」という人もいます。
知覚のレベルにまで言葉が食い込んでいるということですね。

したがって、「菩提」とか「涅槃」とか、仏教で言われている言葉は、「言えないもの」を指し示しているだけで、それにとらわれてはいけないということです。

■ 蛇を上手につかむ

初期仏典に「どうやって蛇をつかむか」というタイトルの経典があります。その中でブッダは「私が説く教えというのは、蛇のようなもので、上手につかまないとケガをしますよ」という言い方をしています。

大乗仏典でも「空」の教えを毒蛇に喩えて「正しく捉えないとケガをする」と説いています。
空というものを間違ってつかんでしまうと、それを治す薬はない。
なぜかというと、空という教えがそもそも、概念にとらわれている人を治すための薬なのに、「空という概念」にとらわれてしまってそれが毒になってしまうと、それを治す解毒剤はもうないということです。
しかし、蛇を上手につかんで、毒もうまく使えば、他の薬では治せないような病気も治せるようになるから、ブッダの教えを正しく理解しなければならない、というのを蛇に喩えて説いているのです。

パーリ仏典というのは、ロジカルにというよりはメタフォリカルに説いています。ブッダの当時の人々の考え方というのは、メタファー的な思考が現代よりもはるかに優位で、力があったのでしょう。だから、ブッダは「メタファーの名人」のように、皆が誰でも知っているようなことを上手に喩えに出して説いていますね。蛇の喩えも多いし、泥棒の喩えも多いね。当時は泥棒がいっぱいいたんだね。今でも多いけど(笑)。

■ counter-intuitive
外道の見というのは、私たちにとっての"常識"に近いところがあるので、間違えやすいのでしょう。一方、ブッダの洞察というのは基本的に「counter-intuitive(反直観的)」。常識の力というのは強いので、下手をするとブッダの教えも常識に則って受け取ってしまう…ということがあり得る。
その点でも「正師」という存在が必要になってくるのです。常識の汚染から自由になった人がいなければ、間違いを修正してくれる人がいなくなってしまいますので。

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問答14「日常を聖化する」

とふていはく、出家人は、諸縁すみやかにはなれて、坐禅辨道にさはりなし。在俗の繁務は、いかにしてか一向に修行して、無為の仏道にかなはむ。

先ほどの問答13でも、出家人と在家人のことが出てきていましたが、出家人というのは「諸縁すみやかにはなれて」…生産に携わらず、家族も持たないことで、そういった煩わしいこと(…煩わしいなんて言ったら怒られるな(笑))、複雑なことはやめて、生活をシンプルにして、多くの時間を坐禅辨道に費やすことができるが、それに対して、多方面に多忙を極めている在俗の者は、どのようにして修行に専念して無為の仏道に適うことができますか?という問いです。「道元さんが言うことは、在家の我々にとってはハードルが高すぎますよ?!」というエクスキューズみたいなことを想定した質問になっています。

それに対する"しめしていはく"のところでは、曹洞宗が在家信者の信仰のために作った「修証義(しゅしょうぎ)」という経典にも引用されている文章が書かれています。

おほよそ、仏祖あはれみのあまり、広大の慈門をひらきおけり。これ、一切衆生を証入せしめんがためなり、人天、たれかいらざらむものや。

「一切衆生」ですから、在家/出家の区別はないのです。
「広大の慈門」ですから、仏道には「八万四千」もの無限の数の入口があるから、出家にむいている門もあれば在家者に向いている門もある…ということで、一切衆生が悟りに入る(証入)ことができる道が用意されている、と書いています。六道輪廻で天上界や人間界などで様々なあり方をした人がいるけれど、その中で誰か悟りに入る(証入)できない者がいるだろうか?(人天、たれかいらざらむものや)という逆説表現になっています。

仏道は「エリート主義」ではない、一切衆生のためにある、という大乗仏教の立場を明らかにしておいて、在家でも高い境地に達した人が過去にはたくさんいますよ、ということが次の段落から書いてあります。
代宗や順宗といった皇帝、責任の重いポジションに就いている人も坐禅辨道して悟りを開いた人もいる…とか、李相国・防相国といった官僚も、坐禅辨道して仏祖の大道に証入した…と書いてあります。

ただこれ、こころざしのあり・なしによるべし、身の在家・出家にはかかはらじ。

「やる気があるかないか」によるので、在家か出家かということは関係がないのだ、ということです。
これは、仏教というのが基本的に「Self Help」の宗教であるからですね。
ふつう宗教というと、神様がいて、私たちに手を差し伸べて助けてくれる、私たちはお願いするだけで"仕事"は向こうがやってくれる…みたいなイメージがありますが、アメリカで仏教が流行る一つの理由は、それがSelf Helpだからです…そのSelfが大きな問題なのですが…基本的には「自分が修行をして自分を救う」宗教だからです。自主独立の精神が旺盛なアメリカの人たちに受けているところです。

■ 日常の些事を聖化する

いはむや、世務は仏法をさゆ、とおもへるものは、ただ、世中に仏法なし、とのみしりて、仏中に世法なきことを、いまだしらざるなり。

ここはとても大事なところです。
世の中のあれやこれやの事務的なことが仏法を遮ると思っている者は、ただ世中に仏法がないとだけ理解している…と。
「世中には仏法はない」というのは理解できますね。世中というのは凡夫のロジックで動いている世界だから、その中には仏法はない。
しかしそれは見かたとしては一面的であって、「仏中には世法がない」、仏の側から見たら「世法」というものがあるわけではなくて「全部が仏法」なのです。

なので、世務をやめないと仏法ができないのではなく、「世務を仏法にできる」ということになります。道元さんはこのあと「正法眼蔵」を書き続けていくのですが、「トイレを使うのを仏法にする方法(「洗浄」巻)」とか、「顔を洗うのを仏法にする方法(「洗面」巻)」が書いてあります。

生活の万事を"仏法化"する…私はこれを「日常の聖化」と呼んでいます。
日常というのは、ふつうは俗なるものですよね。顔を洗うとかトイレを使うというのは、誰でもするし、毎日毎日繰り返していることです。

それまでの仏教というのはそういう日常的なことではなくて、"聖なる儀式を執り行う"とか、特別なことをするのが"行"だと思われていました。千日回峰行とか、火の上を歩く、断食するといった、超人的な人がする非日常的な荒行のようなものです。

それが禅になってくると、非日常時ではなくて「日常を聖化する」ようになりました。朝起きてから歯を磨いて…に始まる生活万般、例外なくすべての日常の「些事」を聖化する。"聖なる土地"に行ったり、"聖なる道具"を使わなくても、台所で包丁を使いながらできることです。
禅は、これをとても重視するので、これからの宗教のモデルになるのではないか、と私は思っています。

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「日常の聖化」は、やっていることは"ふつう(ordinary)"なのだけれど、そのクオリティが"非日常的(Extra-ordinary)"なのですね。その質を言うのに「コンパッション」だとか「マインドフルネス」という言葉が用いられるわけです。
一方、難行苦行のようなものは、行なうコンテンツはExtra-ordinaryなのだけれど、やっているクオリティがordinaryな場合が多い。「ただオレが頑張ってるだけ」というように。
これからは、この2つのタイプに宗教は分かれていくのかもしれない…両方が共存していてもいいと思いますけれどね。

■ 「ただ居ること」を聖化する坐禅
日常を聖化するためのキーポイントになるのが、坐禅。
なぜかというと、坐禅というのは「ただそこに存在していることを聖化する稽古」だからです。

「ただ坐って、息してるだけ」というのは、"些事の中の些事"でしょう?
どんな些事も「存在している」からできること。そのあらゆる些事の最も芽―シックなところにある「ただ存在すること」を輝かすことができれば、輝いた状態でご飯も作れるし、人とも話せるし…どこにいても、何をしていても輝くことができる。
「日常を輝かせる」と言っても、ただそれだけだと何の手がかりもないので、最も基本的なところを輝かせる稽古=坐禅を、日々やっていく。その稽古によって、存在が輝くというベースラインを上げたうえで日常生活を営んでいく…ということです。

「忙しい官務などをこなしながら得道した人たちがたくさんいる」という実際例が、この問答14にはたくさん書かれています。なので「在家なのでできません」というのは、言い訳にならないというわけです。
政治家の人たちや社会でリーダーシップをとっている人たちが、その様に自らを調えて「お手本」になってくれれば、住みやすい世の中になるのではないかと思います。そういう時代が来つつあるのかな?
中には「反省する格好」のしぐさだけでやっている人もいるけれど(笑)、若いころから坐禅をしているような人が、政界に出て活躍してくれたらいいなと思います。

そういう意味でも「坐禅のタネ」はたくさん蒔いておいた方が、いつどこで結実するかわかりませんので、「ダメもと」で私はこういうことをやっているのです(笑)。
大体こういうことは、「揚子江に万年筆のインクを一滴一滴ポタポタ落として、そのうち揚子江の川面が青くなるだろう…くらいに思っていればいいよ」と言われたことがあります。

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問答16「丙丁童子来求火」

この問答は、坐禅の教義に関わる「即身是仏」について書かれているところです。
中国禅の最高峰の一人である唐代の禅僧、馬祖道一が説いた「私たちは、その心そのままが仏である」という思想です。当時の禅の世界では、この「即身是仏」という言葉がひとつのキャッチフレーズのようになっていました。

「もし"この身このままが仏"なのだったら、わざわざ煩わしく坐禅辨道などする必要ないのではないのか?」という疑問は当然出てくるだろうし、道元さんの当時も、天台宗の中では「天台本覚思想」といって、「我々は本来悟っているのだから、何をしてもいいんだ。戒律を破ったって、それ自由な振る舞いだからいいのだ」と、あたかも「河童の川流れ」のような状況になっていて、道元さんもそのような実情を見聞していて、「仏教って、ほんとうにそんなものなの?!」という疑問をもったわけです。

しかし、経典を見ると「本来成仏」と書いてあるので、経典に書いてあることと、当時の仏教の実際状況とをどのように折り合わせばいいのか…というのが道元さんにとっての課題となり、それに取り組むために宋に渡ったというわけです。
そこで得た答えが「本来仏だから修行しなくてよいのではなくて、"本来仏だから修行する"、仏として修行する」、それを最も端的に行じているのが坐禅である…ということです。

もし、自己即仏、としるをもて得道とせば、釈尊、むかし化道にわづらはじ。

「自分がそのまま仏である」と知ることが得道であるとする、そんな簡単なことなら、仏教の開祖である釈尊が説法して皆を道に誘ったような苦労なんてしなかった、というわけです。

■ 「丙丁童子来求火」をめぐって
このあとのところで、「古徳の妙則」、いわゆる公案のようなエピソードを引用しながら、このことを説いています。

この"古徳の妙則"では、「則公」という人物と、先師である青峯禅師と今の師である法眼禅師との、同じ「丙丁童子来求火」という言葉をめぐる問答が書かれています。
青峯禅師に問うて「丙丁童子来求火」という回答を得て「仏法におきて安楽のところを了達」した(と思っていた)時には、

丙丁は火に属す、火をもてさらに火を求む、自己をもて自己を求むるに似たり

という、いわば「学説的理解」にとどまっていたわけです。
しかし、法眼禅師によって、

まことに知りぬ、なんぢ会せざりけり。
仏法、もしかくのごとくならば、けふまでにつたはれじ。

と否定されて、今まで「分かっていた」と思い込んでいた則公は煩悶動揺して、居たたまれなくなって立ち去って、頭を冷やして「きっと何か学ぶところがあるに違いない」と思い直して法眼禅師の元へ戻ってきて、青峯禅師に問うた同じ問い「いかなるかこれ学人の自己なる(修行者の自己と言うのはどういったものですか?)」を投げかけたら、またもや「丙丁童子来求火」という言葉が返ってきた時には、今度は間違った理解ではなく「おほきに仏法をさとりき」、同じやり取りなのだけれど、違うことが起きたのですね。これが「時節」が至らないか、至るか…という違いです。

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あきらかにしりぬ、自己即仏の領解をもて、仏法をしれりといふにはあらず、ということを。もし自己即仏の領解を仏法とせば、禅師、さきのことばをもてみちびかじ、又、しかのごとくいましむべからず。ただまさに、はじめ善知識をみむより、修行の儀則を咨問して、一向に坐禅辨道して、一知半解を心にとどむることなかれ。仏法の妙術、それむなしからじ。

学説的に「自己即仏の領解をもって仏法を知った」と思ってはいけない、というのは、"アタマの理解"でしかないからです。同じ「丙丁童子来求火」という言葉も、アタマで理解しているレベルなのか、それともハートや「肚」での理解で、全然違うことが起きるということです。同じ言葉でも、担う意味が全く違うというわけですね。

「白い花が咲いているところに、白い馬がいる」…同じ白と白でベッタリなのだけれど花と馬は違う、という内容の禅語があります。

「私たちも、仏一色の中にいるのだけれど、私は私で仏を務めなければならない」というロジックがあるわけです。
道元さんの理解も、皆が"仏色"の中にいるという即身是仏という言葉を、「修せざるにはあらはれず、証せざるにはうることなし」、修行を否定するためのロジックではなく、修行を励ますための前提にしているのです。



……このあと、学習ノート③に続きます。


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