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花は咲く Flowers bloom in your garden.Ⅻ

いつまでもここにしがみついているしか方法がなかった。
同期だったあいつは今は僕の上司だった。
一個下の後輩は華々しい業績を残して早々と独立した。
何の取り柄があったわけじゃない。
この会社に受かった時は飛び上がるほど嬉しかった。
自分の実力で受かるような会社じゃないと思った。
でも自分の力で会社に貢献しようとしたんじゃなくて、
僕はただ依存していただけだ。

●亀の甲羅

入社して25年が経とうとしていた。
デザイン企画室に入って10年が過ぎて僕はまだ係長止まりだった。
デザインのセンスなんて自分にないことは分かっていた。
それでもしがみついて仕事を続けるしかなかった。
次に配属されたのは営業二課だった。毎日足が棒になるまで歩き続けた。
口下手な僕が得意先を説得するなんて出来ない。
その次は経理部に配属された。
毎日数字と睨めっこしていた。
勉強して来なかった自分を恨んだ。
自分に「経営」のことや「財務」のことなんて関係ないと思っていたからだった。
原価率が上がって経営効率が悪くなると
「おい、ちょっと製造部に行って仕入れがどうなっているのか聞いてこい」
針のムシロのように製造部のスタッフの視線が痛かった。

今は人事部の片隅で会社の組織図を確認している。
唯一長所と言って良い「人当たりの良さ」を買われて人事部からの通達を各部署に伝えて回っていた。
折悪く世の中は不況になって大量に人員を減らすために会社はリストラを進めていた。先輩にリストラ要因となっていることを伝える時に
「舐めんじゃないぞ!何も出来ないお前が残ってなぜ俺が辞めなきゃならないんだよ!?」と怒鳴られた。
僕は笑いながら「すいません」とただ頭を下げた。

家に帰ると同期入社の妻と娘が迎えてくれる。
家族だけが心の救いだった。
「どうして僕なんかと結婚してくれたんだい?」
そう聞くと妻は決まって
「だってあなたは嘘をつかないもの」
そう言って微笑んだ。

「おい、部長が呼んでいるぞ」
朝、出勤すると隣の同僚に言われた。
「今すぐ専務室に行ってくれるか?」
慌てて専務室に行こうとすると部長に呼び止められた。
「お前は『亀の甲羅』だな」
なんのことか分からなかったが、とにかく急いで専務室に向かった。
ドアをノックすると専務の野太い声が聞こえてきた。
「人事部の津山でございます」
「おう、来たか。入ってくれ」
ドアを開けて中に入ると、人懐こくって、なのに威厳のある専務が座っていた。
親族会社の中でまだ会社が小さかった頃に高校を卒業してすぐに入社し、現場の叩き上げから実務畑を歩んできた強者だ。
「津山君、久しぶりだな。ところで君は入社して何年になる?」
「はあ、私は入社してかれこれ来年でちょうど25年になります」
「そうか。その間にいろんな部署を渡り歩いているな。企画室、設計部、営業、経理部、そして人事か・・・。これまでこの会社に勤めてどうだった?」
「はい、どの部署でも精一杯やってきました。今でもこうしてこの会社に勤めさせていただけて幸せに存じます。ただ・・・」
これまで働いてきた仕事のことを思い出しながら、少し言葉を詰まらせた。
「ただ、どうしたね?」
「はい、会社が成長するにつれて各部署同士の連携が弱くなっているように思えます。あの今回の海外事業でのコンペに関しても、営業と経理がもう少し連携が取れていれば落とさなかったのではないかと・・」
僕は何を言ってるんだろう?何か場違いな失礼な物言いをしているのではないのか?
「し、失礼しました。差し出がましいことを言ってしましました」
頭を下げて、一歩後ろに下がった僕に、専務が笑いながら話しかけた。
「ははは、やっぱり君もそう思うか?俺も随分この会社にいるが、会社が大きく成長するにつれて部署同士の連携が希薄になっているように思うんだ。それによってこの会社は力を失っている」
専務は机の引き出しの中から書類を取り出して、僕に差し出した。
「そこで本題に入ろう。その書類を見てくれ」
<経営改革室設置についての考察>
「何ですか?この書類は?」
「君にそこの室長をやってほしい」
専務は何を言っているんだろう?
「各部署を跨いだ情報の共有と事業計画の策定が目的だ。各部署ごとに企画した事業計画の持ち寄りではない、各部署から数名づつキーマンとなる若手を出向させ精鋭チームを作る。そこの取りまとめ役を君にやってほしいんだ」
「そんな大役僕にはとても無理です!」
思わず叫んで自分が誰の前にいるのかを思い出した。
「す、すいません。私にそんなことができる能力があるなんて思えません。申し訳ありませんが辞退・・」
そこまで言った時、それを遮るように専務は笑いながら話し始めた。
「ところで、君は現在のうちの流動資産と固定資産がどのぐらいあるか知っているかね?」
専務は何を言ってるんだろう?
「そ、それは確か流動資産は213億で前年より10億程度増えていますが、固定資産は8368億で昨年の8666億より300億余り減っています。原因は売上高の減額を見込んでの金融機関からの貸付金額の膨張に加えて、先日経理部と密接に連絡を取り合っていた営業部の吉田課長が退職された影響でいくつかの案件を他社に奪われたことに原因が・・・」
話し始めてはっと我に返った。
「君は多くの部署と緊密に連絡を取っているようだね。各部署を渡り歩いただけのことはある。そして我が社の状況について誰よりも詳しい。私の目に狂いはなかったようだ。今回各部署から集めてきた精鋭は、皆君のことを高く評価しているんだよ。今回の人事は彼らからの要望を実現したに過ぎない。全ては君の実力ということだ」
専務が僕に手を伸ばして握手を求めてきた。
「経営改革室は社長直属の部署だ。そして君の直属の上司は私になる。よろしく頼むよ津山君。これから忙しくなるぞ」

地に足がつかない体で、人事部に戻ると皆が拍手で迎えてくれた。
こんな日が僕に来るなんて考えもしないでいた。

その日定時が終わって僕の歓送会を人事課のみんなや経営改革室の新メンバーの皆が企画してくれていた。誰もがよく知った仲間達だった。
宴が終盤になった頃に僕は人事部長の元に行って挨拶をした。
「ところで部長。気になってたんですが・・・」
「何だ津山君」
「僕が専務にお会いになる前に言いかけましたよね『亀の甲羅』って。あれは何を言おうとしていたんですか?」
「ああ、あれか。あれは亀はどんなに厳しい環境になっても硬い甲羅で身を守るだろ?そうして何万年も生き抜いて、本当にその力が必要になった時には手足を伸ばし『知恵の神』として蘇るのさ。今の君みたいにな。知っているかい?戦いの神毘沙門天の甲冑は亀の甲羅で出来ているんだ」

その言葉を聞いた時、僕は自分の固まった甲羅の中から手足を伸ばし、知恵の神から戦いの神になるための金色に輝く蓮が花開くのを感じた。

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