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市川雷蔵『破戒』(1962年公開)

市川雷蔵が演じる瀬川という教師は、映画の中でカラリと爽やかに笑うシーンが一つもない。
嘆いて苦しんで恐れ怯え、悔いて泣いている。
しかしそのどれも、全く見苦しくない。
雷蔵の目から、あふれてぽろりぽろりと落ちる涙のなんという美しさか。

『炎上』と同じくモノクロ作品なのだが、市川崑監督らしい、遠景というか引きの画像に風情があり、雪の冷たさや、牛の匂いまで感じられそうな映像だ。

配役もドンピシャだ。
部落出身の活動家である猪子蓮太郎に三國連太郎、その妻が岸田今日子。
瀬川の同僚教師で、家柄のいい土屋が長門裕之。
同じく同僚で、士族出身だが現在は身を持ち崩している風間に船越英二。
瀬川が下宿する寺の和尚に中村鴈治郎、その妻は杉村春子。
風間の娘で寺の養女になる志保(しお)に、藤村志保。

特に三國連太郎は、猪子の多面的な魅力を光らせている。
押し出しがいいのと繊細さのバランス、セリフの緩急に見入ってしまう。
分かったつもりになっていた言葉の意味を、どんと胸に突きつけられてハッとする体験は、文字を読むだけでは得られない、芝居独特のものだ。

『ぼんち』では雷蔵の父親役だった船越英二が、今回は士族出身の飲んだくれ教師を演じている。
大きな目をくるくるさせて、ひげもじゃの、小狡くても愛嬌のある風間という男。しかしこれ、愛嬌を出せるのは、船越英二だからだろう。

風間は、まるで、瀬川をひっくり返したような人物として描かれている。
出自がその人間の内側の何事をも決めるわけでないのだ、とでもいうようだ。

真逆の2人に通じるところがあるとすれば、どちらも、自分の持っているものには、案外、気づいていないということ。

瀬川は、自分の出自の告白によって、職も父も失って、自分にはもう何もないと呟く。しかし、土屋や志保をはじめ、彼の周りの人間は誰も去っていかない。
猪子の妻が言った、傑出した人間の活動によらなくても、周りを変えることができるのだという言葉を、瀬川は身をもって感じるラストになっている。

市川雷蔵と市川崑。
好きなものが2つ合わさると、うん、やっぱり凄く好き、という作品になる。

DVDの特典に、現場風景写真が入っている。

DVD内の特典画像より。市川崑監督と市川雷蔵

この一枚だけでも、小一時間、見ていられる。

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