泥の海を渡る⑱

新1年生をやり直す。
彼が決めた決意ではあった。
でも日を追う毎に不安、戸惑いが増してきていた。
「お母さん、俺、大丈夫かな?」
「数学と英語とか思い出せるかな?」
「前に行っていた塾の先生に聞いてみようかな?」
不安と期待。
一つ、一つに答えながら
4月の登校日に備えて行った。
3月末に学校面談。
クラス担任、学年主任を含めて話をした。
彼の自分の思い、希望を学校に伝え
私も治療の辛さを伝えたつもりではいた。

登校日が近くなると
彼の不安が強くなるのか
幻覚、幻聴に悩む時もあった。
主治医の先生からも
「そういう時は頓服薬をうまく活用しながら
過ごしていきましょう。
学校、頑張れると良いね。」
と話していた。
投薬ノートも3冊目になっていた。
眠れない日は背中を摩ったり
話を聞きながら過ごすようにした。

私の手術が決まっていたのも不安の一つだった。
不正出血、生理痛が酷くなっていた時に
近くのクリニックへ行き
子宮筋腫による貧血、不正出血と診断され
6月に手術することになった。
4月、5月はどうしても彼の不安が強くなる。
支えてあげたい。
それだけだった。
彼には私がいないことも不安の一つだったんだろう。
でも大丈夫。
きっと周りのひとが支えてくれる。
困った時には手を差し伸べてくれる人がいる。
信じていた。
登校開始に向け、通院も1週間に1回から、2週間に1回
1ヶ月に1回としていった。
順調に回復している。
信じていた。

登校日。
一緒に登校した。
学校前では楽しそうな声で溢れていた。
クラスメイトは入学式を終えて2日目。
目がキラキラ、希望に満ち溢れていた。

「昨日は寝れた?」
彼に聞いた。
「あんまり寝れなかった」
ぽつり、と話した。
コロナ禍の中の登校日。
感染症を持ち込むといけないと思い
二人で前日受けた、PCR検査も受け
陰性証明書も見せ
学校の中へ入る。
クラス担任の先生が迎えに来る。
挨拶をして中に入る。
「じゃあ、頑張ってね」
「大丈夫」
背中をさする。
本人が教室へ入っていく。

良かった。
復学できた。

悲しいのか
辛いのか
苦しいのか
自分の気持ちがよく分からなくなっていた。
改めての入学となるので
入金する準備をするため
職員玄関でクラス担任を待つ。
出勤する先生達の中には
私の顔を見て逃げるように玄関を去る先生もいた。

迷惑なのかな。
退学すれば良かったのかな。
ふと思うこともあったが
彼の選択を認めて欲しかった。
どんな病をもった子どもでも
希望をもって
勉強できる世の中になって欲しい。
それだけを願っていた。

クラス担任が戻ってきた。
別室に入り、納付金、投薬、病院からの診断書のコピー。
全て話し終えた後
私の頬から涙が溢れてきた。
「先生。あの子は何一つも悪くないんです。
真面目に登校し、勉学に励み、部活動にも一生懸命馴染もうと
頑張っていました。
それだけです。
病気になってしまい
留年という形になってしまって
一番悲しいのは本人です。
どうか
彼の思いを受けとめてやって下さい。
みんなと同じように勉強したい
学校を楽しみたい。
それが願いです。
どうかよろしくお願いします。」
クラス担任の先生は
黙って話を聞いてくれた。

そのまま自宅まで泣きながら
歩いて帰った。
復学できた。
でもこれから
私は彼を支えていけるのだろうか。
不安しかなかった。

でも、大丈夫。
きっと
大丈夫。
涙を堪えて着替えをして
仕事へ向かった。




よろしければサポート、お願いします。今日も良い1日をお過ごし下さい。