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新しい生活の始まり

昨日から兄の家を出て少し賑やかな街に引っ越してきた。1人の部屋で明後日に着く荷物が来るまで仮住まいのようで不便だ。
今日は朝から車ではなく、公共交通機関を使って役所で住所変更をしに朝、8時から出掛けた。チャージカードも作り、Google mapsでバスや地下鉄を何となく乗り、道行く人に時々聞きながら突破した。ほぼ車でしか移動した事のない私には大冒険!ほとんどわからない街で駅や地下鉄の駅やバス停などどっちに行ったら良いのやら。Google mapsも徒歩の途中、固まってしまったりしてぐるぐる歩かされた。手足は冷たいし、足が棒のようになりながら昼過ぎに帰宅。帰ってから管理会社にもらった中古の洗濯機を洗濯槽洗剤で1度運転してから溜まった洗濯物を洗う。干す為の洗濯ラックがなくてとりあえず、押入れの上が服をかけられる様になっているので扉を全開にして干す。ハンガーはいくつか持って来ていたのでどうにか干せた。その後は車で軽自動車協会に行き、住所変更を済ませナンバープレートも新しくした。

昨夜は親戚や娘、友達から引っ越しの様子見のLINEの他に兄からもLINEがきて私の郵便物が届いたので送ってくれるとのこと。そして兄が自分で買い物して来たモノを丁寧に並べて写真を送ってきた。買い溜めしてと言われていたがお金がなくて買わなかったキャベツや麦茶やマヨネーズなども含めて10品ほど。兄は文句は言わないが主張はしてくる笑
コーラは私がまだ家にいるうちに2箱買い込んできていた。鶏肉は胸肉の半額になっているのを買ってきてキレイに切って小分けしてジップロックに入れて冷凍すると、分けた鶏肉の写真も送ってきた。出来るところを見せたいのだ。最近は私もアルバイトで遅くなっていたので兄は卵焼きを作って先に食べていたりしていて、ちゃんと私の分も残しておいてくれたり、他にも手伝ってくれたりしてたので、めちゃくちゃに褒めておいたので誇らしげに出来たところを見て欲しいのだろう。そこは子供のようだが頑張っているので良かったと思う。
私は前日に娘が夕飯に作った大根の煮物と切り干し大根の和え物をもらって来たので花も供えて母の写真を送った。昨日は母の一周忌。ちょうど私が新しくスタートを切った日が重なった。1年も経ったなんて信じられないほど早かった。亡くなってすぐはその街で何処に行っても母との思い出しかなくて。小腹が空いてクレープを食べようと座ったテーブルがちょうど母と座った場所で泣きながらクレープを食べた。今、思い出しても涙が出てくる。兄の家に行って良かったのだ。悲しいと思う暇もなく、兄の世話に追われて文句を言っている期間は私にとってリハビリだったのだと思う。またこうして1人で頑張ろうと思えるようになったのは兄が私を受け入れてくれたからで、とても有難いことなのだ。離れてもう少し時間が経って一緒に暮らした日を懐かしく思いながら兄と交流を持って行きたいと思った。年に一度連絡を取るか取らないかの兄妹だったが、きっと父と母はもう少し助け合って生きていきなさいと、この5ヶ月間一緒に暮らす機会を与えてくれたのだと思う。そして私が住みたかった街でまた仕事を頑張れるように、兄がダイエットを頑張って彼女を作ろうとする意欲が出るように両親が天から仕向けてくれたのだろうと。

じぶんを大切にしたい女はもう兄の家を出て自由に暮らしていくがまた困難にもぶつかり辛い思いをしてお金がなくて節約を強いられるけど、それに負けないようにまたたくさんの経験を積んだのだ。
これからも自分は大切にするが周りも兄も大切にしていこうと少しは思っている笑

設定の自己紹介プロフィール変えないとね。

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