デイを作る10

本村さんというおじいさまがいる。その人は、いつも以前いた職場に来ては、送迎時間まで待っている。そして、その人たちに見送られて、うちまでくる。だが、送迎車になかなか乗ろうとされない。認知症があるからだ。

配送用トラックの助手席に乗り込んではシートベルトを握りしめて、降りようとしない。なんとかしてもらえないかと何度も要請が来て、私は迎えに行く。

大丈夫、まず一緒にお出かけしませんか?ここからスタートした。
本村さんはうなづいてついてきた。だが、送迎車の前で止まる。何かを察知したのだろうか?そこから微動だにしない。

私とドライブ行くだけですよと伝えて乗ってもらった。だけど、今度は車から降りようとしなかったり、降りても薬を飲まないとか、服を着替えさせないとか色々とありました。

でも根気よく毎日とにかく隣に居てニコニコしました。それしかできないなら、それを徹底してやりました。結果として、信用されたのか、送迎車にも乗ってくれるようになりましたし、少しではありますが会話をされるようになりました。

そこから半年経ったある日、もう一人の男性利用者が、ゆいに絡むようになりした。また、どうしてなのか、ゆいのフェイスブックアカウントを見つけて、また一方的にメッセージを送るようになりました。「駅まで送る」「かわいいね彼氏いるの?」とか具体的に色々ありますが割愛で。会社でも問題となり、基本グランスで対応する様にとの通達で、私が介助に入りました。そこで、夕方の送迎を待っていた時だったか…お茶をみんなで飲んでいたら
その男性が「ゆいちゃーん聞いてる?ねぇ?僕と話そうよ」と言った瞬間。
本村さんがその男性をグーで殴ったのです。
当りどころが悪く、その男性は鼻血をだし、私が駆け付けた時には「警察にいう、傷害で逮捕してもらう」と興奮していました。ゆいは隣で泣きながら座り込んでいました。

ほどなくして警察がやってきました。
当然管理者である私が呼ばれるわけですね。そして本村さんの職場の方も身元引受として呼ばれていました。

男性が「絶対に被害届を出す」と言っているので、出されれば逮捕されますとの説明を受けました。ただ、警察の方も私の話を聞くと「我慢の限界だったもしれませんね。一度説得してもらえないかな?」と言われ、男性と話しました。

「正直、あなたもスタッフの女の子に対しての対応が度を過ぎてて、こちらからも再三注意はさせてもらってたと思います。それは、我々スタッフだけでなく、お客様にも伝わってたと思うんですね。だから、今回の殴ったという行為はよくありませんが、もしそういう手段に出るなら、私の会社としてもお断りさせていただかないといけなくなる」とハッキリいいました。

すると男性は考え込み「でもさ、殴るのは良くないんじゃないの?」と来たので「いけないと思いますね。だからといって、個人の女性スタッフのプライベートを調べ上げて、駅まで乗せよっか?とかしつこくDMするのは違うと思いますよ」

こんなやり取りが続いて15分。ついに男性が被害届を出さないと言ったので、男性のみ救急車で病院に行きました。念のため、本村さんも自宅へ帰ることになりました。

帰り際、私が見送ると「ありがとうね」とぼそっと言われました。

はじめてかな、しっかりそう言われたの。
ちょっと気持ちが前向きになれました。そこから事故報告とかで大変だったけどね。

本村さんはその1年後、亡くなられたけど。最後まで、人間味のあるかたでした。

※ご本人の名前は個人情報の観点から偽名とさせていただいております。
またスタッフのゆいさんについても偽名です。

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