掌小説「ヤツはいる」

ヤツはいる。必ずいる。
ヤツは、止まっている時は気がつかないが、動き出すと、猛烈に自己主張してくる。僕が止まっている時はどこにいるか分からない。存在自体が消えている。しかし、動き出した途端、僕の動きを止めに入る。後ろに戻す力で押し返してくる。ヤツの姿は見えない。透明人間なのに押し戻し力の凄いこと。ヤツが本気を出せば、子供の僕は赤か子の手をひねるよりも簡単に地べたに倒されてしまう。まるでサッカーでもやるかのように、僕は転げていく。
天邪鬼なヤツは地球を飛び回っている。
僕はヤツに弄ばれている哀れなサイクリスト。僕が動けば、前に行こうが観に行こうが、左に行こうがヤツは向かい風となって押し戻してくる。しかし、後ろ向いてヤツを追い越し、走り去ると、ヤツはムキになって追い風となって追いかけてくる。いつも弄ばれているのは癪に障るから、ヤツを揶揄ってやる。そうすると僕の自転車に羽が生える。翼が与えられる。風と鋏はつかいよう!とはよく言ったものだ。

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