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やさしさって不要なのではないか【雑感・漫画感想】

最近ずっと勝てない迷いの話。
あと『青野くんに触りたいから死にたい』がおもしろい。


私はずっと優しい人が好きで、優しくなるためにがんばってきた。
じぶんが優しくないからそう思うことだ。

けれど、優しいことにどれだけ意味があるのだろう。
『青野くん〜』作者の椎名うみさんは、自分の答えを持ってる気がする。だからそれを待って読んでる。

*

小学生の時、クラスで避けられている生徒がいた。
私はその子が一人で掃除をしているとき、ちりとりを持っていって手伝ったり、今日の授業はどうだったか話しかけるようにしていた。
それは特にむずかしいことではなく、また、その一人に押し付けて掃除をサボっている人は、みんなダサいと思っていた。

けれど、あるとき私とその子が「いい感じ」なのではないかという噂を聞いた。
いい感じというのは、お互いが好きとかそういうことだ。

私はその日からその子を無視するようになった。

話しかけられたら拒絶した。
「気持ち悪い」とも、もしかすると言ったかもしれない。

彼はその後進学したり、大人になったりして、友達はできただろうか。楽しくやっているだろうか。
私は知らない。私は優しくなかった。

*

本が好きで、人生でいちばん好きな作家を訊かれたら、一人をすぐに挙げられる。

『鳥籠荘』を読んだのは、中学一年生のときだった。
第一話「さよなら、泣き虫ポストマン」では、変なやつらばっかりのアパートの隣人として、おそらく知的に障害のある男性・ジョナサンが出てくる。

人の悪意をうまく認識できず、嫌がらせを受けてしまう彼に、主人公のキズナは高校生ながら面倒を見てやっている。
キズナは強い。
言葉がきつく、態度も粗野なキズナだが、ジョナサンを見放すことはない。

けれどある日、ジョナサンがキズナ宛ての郵便物をくすねて隠し持っていたことが問題になる。
キズナは何故ジョナサンがそんなことをしたのか、理解できず怒る。
ジョナサンも説明できず、そのまま疎遠になり、アパートを引っ越すことになる。

この話の結末は、ことさらに話さないでおくのだが、私はこの話が大好きだ。
キズナはマンションの他の住人が白眼視しても、一人だけジョナサンを守り続けてやれた。

私はどうしてそうであれないのだろうと、幼心に眩しく思っていた。

小学生の時の私のように、半端に信じさせて、あとで裏切るのなら、もしかして最初から優しさなんて無かったほうが良かったんじゃないか。傷を深くさせるだけで。

*

優しい人って怖いよ だってどんなふうにしたら人が傷つくのかよくわかってるから優しくできるんじゃない?

『青野くんに触りたいから死にたい』第一話

青野くんが諦観気味に口にしていたこの言葉を、よく私はリフレインする。

青野くんは弟とお母さんと三人で育って、どうやったらじぶんが傷つかないか考えて、必死で優しく生きてきた。
だから選べばひとを傷つけるのは簡単だった。青野くんはお母さんに命じられて、弟の鉄平くんを水族館に置いて帰ったことがある。

「龍平だったら 絶対 鉄平を捨てるはずないって思ってた!! 龍平は…… 優しいと思ってたから……」

『青野くんに触りたいから死にたい』11巻 お母さんのせりふ

人にわがままを押し付けられるだけの優しさに、どれほど意味があるのだろう。

青野くんは優しい。青野くんは優しいから、いちどは水族館に置いていった鉄平を、思い直して待って、抱きしめて、おじいちゃんおばあちゃんの家に預けた。
そして、そのことをずっと悔いている。だから「優しい人って〜」のせりふが出る。

優しい人って、なんのために優しいんですか?

優しくても役に立ちやしないんですよ。優しさがお金を生むわけじゃなし。
どころか優しいことってお金の妨げになることもあるよね。ダメよ、毅然としないとあの人付け上がるんだから。青野くんのお母さんが職場で言われたセリフが自分ごとのように聞こえる。

私は優しくないから、優しい人になりたいと思って、力のある限り優しく生きてきた。
その優しさとやらが生んだのはなんだろう。限界を迎えて誰かにつらくあたること(青野くんのお母さん)。自分が置いていかれることに怯えて裏切ること(青野くん)。
優しさって、醜さ?

どうして人は、一時的ななぐさめしか与えてくれない優しさを、そんなに良しとするのだろう?

その答えは、『青野くん〜』の主人公、優里ちゃんが持っているような気がする。
優里ちゃんは、世界のことが大っきらいだけど、青野くんひとりの話はとってもよく聴く。

一時的ななぐさめじゃない優しさを、優里ちゃんは教えてくれる気がする。

優里ちゃんと青野くんのママはよく似ている。
だから、やっぱりそれは人を傷つけることと表裏一体だと思うのだけど。

*

芸術の価値も、ときどきよくわからなくなる。
こんなに人間のつらさを描いて、共感したひとの息を苦しくして、芸術がひとに与える強さと、弱さはどちらが大きいのだろう。

それでもそこに価値があることを、私は信じられるだろうか。
数多のクリエイターが、これへの答えを書いてきたと思いながら。

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