ミリオンキャスティング 「逆ミステリー」

こんばんは!
始まりましたねミリオンキャスティング。
Twitterの百合子コミュニティで某Pの方が呟いてらっしゃった、「医者に恋して入院中ナースから婚約していることを知られて恋敗れる患者百合子」というネタがとっても素敵で!
許可を取って、この度書かせていただきました。ありがとうございます。  

本当は投票が始まる前に投下したかったのですが、内容が内容だったのと、各陣営の動きが見えてから投稿したくて、この時間になりました。
私が推しているキャスティングは以下の通りです。(今まで役を取れてない子重視で推しております)

犯人ナース→秋月律子
新人ナース→春日未来
被害者(患者)→七尾百合子
被害者(医師)→三浦あずさ 
被害者(同僚ナース)→豊川風花 

主人公は書店員の患者百合子で、上記のキャスティングで宛書きしております!
皆様の投票イベの息抜きがてら、楽しんでいただけますと幸いです。







  百合子が、彼のことを認識したのは、その人が極度の方向音痴であるらしい、と理解してからだった。
  確かに医学書や理系専門書のある書棚は、分かりにくい位置にある。広い店舗とはいえども、月に二度程度の頻度で立ち寄れるのであれば、覚えてしまうはずである。それなのに、彼はいつも困った顔をしてカウンターに佇んでいるのであった。
  自分より幾分か年上だろうその人の、頼りなさげな表情に加え、丸い瞳がよりそう思わせるのか、幼さを帯びた人だな、と百合子は思っていた。
  いつものように、彼の求める医学書の棚まで案内すると、丁寧にありがとうございます、と一礼をして柔和な笑みを浮かべた。そのまま立ち去っても良かったのだが、その日はたまたま彼のことが気になってしまった。何故、と尋ねられても答えは出ない。ただそういうタイミングだったのだろう。
  サラリと落ちる紫のストレートヘアーの隙間から見えた瞳は、先程の柔らかな印象とは打って変わって少し鋭さを帯びていて、その表情に強く惹きつけられた。
  あ、格好良いかも……。そう思ったときには、胸が変に跳ねていた。慌てて百合子はその場を離れる。
  いやいや違うって。これはそういうのじゃないって。常連さんはイケメンだけど、と自分自身に言い聞かせると、業務に集中した。
  出逢いの無い日々の中で、顔見知り程度の、それも美形な人の意外な面を見たときの心の動きを、恋というにはあまりにも暴力的すぎる。その動きは、人の隠れたところを暴いてしまったことに対する居心地の悪さだったり、自分だけが知っているという優越感に起因するものであろう。ゆりこの場合、それはあくまでミーハーめいた好感に起因するものだった。
  ──そのときめきが、質感を持って心のうちに落ちてくるまでは。


  初めて彼が、自分の名前を呼んだとき。百合子は周りの音が聞こえなくなったような錯覚に陥った。
「へ?」
「良かった!  七尾さんで合ってましたね」
ニコニコといつも以上に素敵な笑顔を向けられて百合子は鼓動が早くなるのを観じた。
「ほら、私っていつも迷子になっちゃうじゃないですか……」
眉を下げながらそう言う彼に、ええと、そうですね、と答えながら百合子は方向音痴な自覚があったんだ……と少し失礼なことを思った。
「いつも目当ての本棚まで案内してくださったり……あ、あと本を予約するとき対応してくださってるのが七尾さんだな、って気付きまして」
「あ、そ、そうなんです。私の担当が専門書なので」
「あれ?  本屋さんって担当別になっているんですか?」
紫の丸い瞳を、更に丸くして驚く彼に百合子は説明を付け加える。
「そうですね、当店のように大規模店舗になりますと、本のジャンルごとに担当として分けられるんですよ」
「へえー、なるほど。私の仕事と同じですね」
  専門書を予約して購入するお客様は意外と少ない。加えて、方向音痴という特徴が印象的なこともあり、彼の購入履歴は自然と頭に入っている。十中八九、医療関係者ではあるのだろうけれども、しがない店員に把握されていると思われるのも奇妙に感じるだろうか、と考え百合子は、敢えて遠回しに尋ねた。
「お客様は何のお仕事をされてらっしゃるんですか?」
「私、近くの病院で内科医をしてまして」
「内科医だったんですね!  通りで」
両手を叩く百合子に、三浦は微笑む。
「ここは品揃えも豊富ですし、昔からよく利用してたんですけど、七尾さんが入られてから特に快適になりました」
「え!  あ、ありがとうございます」
  突然褒められると思わず、つい声が裏返ってしまった。
「ふふ。じゃあ、また来ますね」
  囁くような言葉に、どきりと胸が跳ねた。は、はい。よろしくお願いします。と何とか声に出して、頭を深く下げる。
ぐるぐると、先程の会話が回る。
「名前、覚えてもらってた……」
  頬と耳が熱を持っていくのを観じた。




■□■□■□
  百合子が、常連の彼の名前を覚え、呼び方をお客様から三浦様に変えて、暫く経った頃だった。
「あ、いたたたた」
  急激な下腹部の痛みに、百合子はよろよろと、書棚の隙間で座り込んだ。ダラダラと痛みによる脂汗が滲む。数日前から胃に不快感を覚えていたものの、仕事を休むほどの症状でもない、と楽観視していたのがいけなかった。あ、駄目だこれ。そう思った頃にはもう立ち上がる気力もない状態だった。
  震える手でエプロンのポケットの中にある携帯を取り出すも、ダイアル画面に辿り着けない。誰か、誰か気付いて……。薄れゆく意識の中で、バタバタと人の足音と自分の名前を必死に呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、百合子はそのまま痛みと共に暗闇へと沈んだ。





優しい声に呼ばれたような気がして、百合子はぼんやりと目を覚ました。
「──……なおさん、聞こえますか?  ななおさん、七尾さん、聞こえますかー?」
「はっ」
パチリと目を開けると、見知らぬ天井と、仕切られたカーテン。そして、その内側に不安そうな顔をする、穏やかそうな癖っ毛の女性がいた。服装を見るに、看護師らしい。
「ここは……病院……?」
「そうですよ、おはようございます。看護師の豊川です。七尾さん職場で倒れられちゃって。当院──○△病院に緊急搬送されてきたんです」
「あ、そうだ……私お腹が痛くて……」
「大変でしたよね。緊急だったので事後説明という形で先に処置をしたんですけども、胃腸あたりに炎症がありましてね」
「炎症……?」
あれが、と百合子は倒れる前の痛みを思い出してぞ、っとした。
「あ、あの、原因は?」
「えーっと、詳しい話は担当医からお話があるんですけども、ちょっと今のところ原因が不明で……。とりあえず今は、点滴から炎症を抑えるお薬入れて様子見してる段階です」
「点滴……あ、ほんとだ」
見れば自分の左腕、手首より少し上がったところに太い針が刺さっている。
「お薬ずっと流さないといけないので、ちょっと不快かもしれないけど、抜かないように気を付けてくださいね。じゃあ、今から採血しちゃいますね〜。あ、寝たままで大丈夫ですよ」
  テキパキと慣れた手付きで注射針とゴム紐を取り出す彼女に、混乱する頭で百合子は頭の中を何とか整理する。
「えっと、手術はしてない……ってことですか?」
「そうですよ。ただね、これから先お薬だけで治らない場合は手術になるかもしれないです。はーい、チクッとしますよー」
あれよあれよといううちに、採血までされてしまったが、全く痛みは感じなかった。
「じゃあ先生呼んでくるので、そのまま少しお待ち下さいね〜」
「あ、はい……」
  嵐のように過ぎ去っていった看護師を眺めたあと、困ったな、と百合子は思った。彼女の話を鑑みるに、しばらく入院が必要になるようだ。仕事に穴を開けるような形になってしまい申し訳ないなぁ、と思う。
  コンコンと控えめになされたノックに返事をするか迷っているうちに、その人は失礼します、と告げて、病室に入ってきた。閉ざされたカーテンの向こう側で歩みが止まる。
「七尾さん、今大丈夫ですか?」
  聞き覚えのある声に百合子は目を白黒させる。
「み、三浦様!?」
「はーい、担当医の三浦です」
  カーテンを開けて、現れた男に百合子は慌てて髪を撫で付ける。最悪だ。よりによって寝起きの顔を見られるなんて。
「あ、そのままで。体調どうですか?お腹まだ痛いですか?」
「いえ、今のところ痛くはないです」
「そうですか〜。それは良かったです。最近何か生物とか食べたりしました?」
「いえ、食べてないですけど……あの?」
  突然始まった問診に、百合子は戸惑った。
「ああ、えっと。CT検査したとき、胃腸に炎症が見られたんですけどね、十二指腸……いわゆる盲腸に当たるところは腫れてなかったんですよ。だから胃腸風邪か、食中毒かな、と疑ってまして」
「な、なるほど。えっと、どちらも身に覚えはないです」
  百合子は首を振って、彼の言葉を否定する。
「そうですか〜。じゃあ、ご家族で最近胃腸風邪に罹られた方はいますか?」
「いえ、一人暮らしなので」
  そう告げると、三浦の顔が曇った。当たりを付けていた症例に該当しないからだろうか。うーん……食中毒も違うし、盲腸も違う、か……。とぶつぶつ呟く声が聞こえる。
「あのー、三浦さ……三浦先生?」
  途中で彼への敬称を変えて、百合子は尋ねる。
「はい、何ですか?」
「あの、ところで私はどういう経緯で入院することになったんでしょうか……?」
「あ、すみません!  その説明が無かったですね。職場で倒れたのは覚えてますか?」
「は、はい何となく……」
「そこにたまたま私が居合わせていまして」
「三浦先生が!?」
  大きな声をあげた百合子に、しーと声を抑えるようにジェスチャーをする。どうやら相部屋のため、他にも患者がいるらしい。
「はい。それで、うちに搬送したんです。痛みで意識を失っていらしたので、その間に検査をしたり、処置をさせていただきました。えーっと、その、原因なのですが……まだ不明なので、とりあえず炎症を抑える点滴を二十四時間体制で入れて様子を見ます。あと、経口での栄養補給を一旦停止するので、これも栄養補給を点滴から行いましょう」
「え?」
「つまり、絶食です」
  そう言い切った彼に百合子は青褪めた。
「ぜ、絶食……」
「はい。そして、点滴が必要なのでしばらく入院させていただきます。一応、職場の方はご存知だと思いますが、ご家族含めて一旦ご連絡されたほうがよろしいかと」
「あ、は、はい。あの、入院期間は?」
「入院期間ですか……」
  三浦は困ったように眉を下げた。
「正直なんとも……。一週間になるかもしれないですし、それより早く済むかもしれません。とりあえず、毎日採血して、炎症がどの程度収まっているか確認させていただいて、場合により再度CT検査などをしていこうかと」
「わ、分かりました……」
「もしご家族が遠方に住まれてて、お着替えとか歯ブラシとか用意できないということがあれば、売店でも買えますので。急なことになって、お困りだと思うんですけども、何かありましたら頼ってください」
「あ、ありがとうございます」
  にこり、とそう笑みを浮かべた三浦に、少し不安は残りつつも百合子は小さく頷いた。



□■□■□■
   初めは不安に思っていた入院生活であったが、三日とくれば慣れてくるものである。食事は取れないものの、点滴から栄養補給をしているせいか、空腹感を覚えることはなかった。部屋から出歩いたりするのに、点滴を運ばなければならないのが不便だったが、それ以外は特に不都合なく過ごしていた。その間見舞いに来てくれた両親の助けもあり、暇を潰すために大量の本を手にしたのも大きい。
  朝昼晩と、代わる代わる様子を見に来る看護師とも、少しずつ会話を交わすようになっていった。特に百合子が話していて面白いなぁと感じたのは新人の春日という看護師である。彼女はおっちょこちょいなところがあるのか、しばしば先輩の秋月に叱られていた。初めは、春日を叱責する強い態度に驚いていたものの、数日間見ていれば、秋月も何も春日のことを憎く思っているわけではなく、心に彼女のことを思いやって多少厳しくとも接しているのが見えてきた。いつしか、廊下から聞こえてくる「かーすーがー!」という怒り声に慣れてしまったのだから面白い。
「また未来ちゃん、何かしちゃったみたいね」
「そうですね~」
なんて言葉が、同室の患者の間で交わされていた。


  その日もいつも通りの一日が始まったところだった。今朝の採血担当は、豊川らしい。
「おはようございます、七尾さん。採血させてくださいね」
「おはようございます……あれ!?」
  百合子は彼女の左手に光る指輪に目を付けた。昨日までは無かったものである。百合子の視線を辿って、あぁ、と豊川は花が綻ぶような、幸せいっぱいの笑みを浮かべた。
「あ、ふふ。気付いちゃいました?」
「気付きますよ〜!  ご結婚なさるんですか?」
「え、風花ちゃん結婚するの!?」
「なんだって!」
  同室の患者が、百合子の言葉に反応して、次々と会話に混ざってくる。
「えへへ、そうなんです」
  キラリと朝陽を浴びて、鈍い銀色が反射する。
「やだー!  もうこの子ったら見せびらかして!」
「山田さん、そりゃあ今が一番幸せじゃないの!  見せびらかしたくもなるわよ!」
  そう口では言いながらも、同室の彼女たちはとても笑顔で、豊川のことを祝福しているのが明らかだった。
「おめでとうございます! お相手はどんな方なんですか?」
  思い切って百合子が聞いてみると、豊川はかぁ、っと顔を赤らめた。
「えっと、実は職場恋愛で……照れちゃいますね」 
「わ!  素敵〜!  相手はやっぱりお医者さんなんですか?」
「え、誰?  誰?」
  ずい、と三人の患者から詰め寄られて、豊川はもじもじしながら打ち明けた。
「実は三浦先生で……」
  瞬間、百合子の周囲から、あの時と同じように音が消えた。もう二人の患者は、浮かれた様子で、豊川に祝いの言葉を浴びせている。それが、頭に入ってこなかった。
  三浦先生と結婚する。そう、彼女は言わなかったか。
「お、めでとうございます」
  絞り出すように告げた百合子の様子には、誰も気付いていない。
  あーあ、こんな気分になるくらいなら。知らなきゃ良かった。ぼそりと呟いた言葉は宙に浮かんで消えた。





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