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勝利の女神:NIKKE 稗史:伏魔殿の道化師はヒト探し中(12)

「では一つ、皆様私の歌劇を御観覧あれ。」

「その筋書きは、ありきたりだが。」

「役者が良い。至高と信ずる。」

「ゆえに面白くなると思うよ。」

『Dies irae』メルクリウス

 戦線参加から数日後。
 最前線では、アタナトイの指揮する部隊に代わってティアマト率いるチャルチウィトリクエが激しい戦闘を繰り広げていた。
 瓦礫の山と化した旧市街地まで進軍した彼女達は、それを盾にしながらラプチャーの大群を上手く分断しながら削り取っていく。
「おまえら、素人軍団が二十万も殲滅させたんよ? ウチらは百万は滅ぼさんと物笑いの種じゃけぇね!」
 ティアマトは自軍を叱咤しながらも、相手の出方が奇妙なことには気づいていた。
(敵の動きがイマイチわからんのぉ? 市街だろうが構わず突っ込んで来るかぁ思うとったけど、慎重なんよねぇ。やはり指揮者がおるんかね?)
「ティアマト様、オーケアニデスの軍使が参りました」
 翡翠色のスカーフを首に巻いた量産型ニケの部隊員が報告に来た。相手はいつぞやの刺青ニケのウコクと、司令部参謀のディシプリン。

「ティアマト殿、天晴れな働き振りです」
「世辞はいらんよ、メガネの。こりゃあ相手が微温いだけよ。で、要件をいいんさいや」
「では遠慮なく。我々の観測ではこの敵は前衛に過ぎず、北方に退いていたと思しき本隊がやってきます。既に百万単位の部隊が南下中です。貴軍におかれましては、その力を存分に振るって頂きたく」
「命を惜しむわけじゃないけど、兵も物資も無駄に出来んのよ。軽々に返事はしかねるわぁ」
 ヒラヒラと手を振って軽く嫌気を示す暴れ龍に、軍師は頭を下げつつ答えた。
「そう仰られると思いました。ここは我らも助勢致しましょう」
 
 ラプチャー群の最後方から、不死の軍勢が一千体ほど奇襲をかける。反撃しようと回頭するところにウコクの部隊が続けて一撃離脱する!
 その最後尾にいたウコクは突如反転して敵に特攻した! しかし敵は彼女の姿を捉えきれずてんで的外れな射撃を繰り返しながら撃破されていった。
 ラプチャーにとって彼女は、自分たちの影にも、建物の瓦礫にも、地面にも見えていたのだ。視覚すら揺さぶるほどの錯視を引き起こすのは体に刻まれた無数の刺青や柄を変えられる衣装の賜物である。
「おまえらじゃわたしの姿は見えんでしょ?」
 敵の陣形が乱れて来たところに、メガネを外した、かの者達と同じ赤い眼をした式服姿のニケが護衛の不死者達と共に悠然と割って入った。
「さて、これで終いですよ」
 ディシプリンの瞳に魅入られたラプチャーの軍勢は各所で同士討ちを始め、前後左右からのニケたちの攻撃もあり、内側からまもなく崩壊した。
「やっぱアンタらとはウマが合いそうにないわ。こんなんズルもいいところじゃけぇのう」
 ティアマト達は固唾を飲んでそれを見守っていた。
それを通信傍受で聞いてディシプリンは答える。
「戦術と練度、装備だけで既に十万余を叩き潰している貴女がたも大概だと思いますよ?」


 地平線まで何もない平野ーーいや、かつては大規模な農地か何かがあったに違いないーーに、義勇軍は陣を進めていた。はっきり言えば守るのに不適切な地ではあるが、ラプチャーの軍勢は想像以上に脆く、追撃が大成功しているのもある……

 そんな最前線の一歩手前にて、アタナトイとティアマトは作戦会議を開くことにした。
「思っていたよりも敵が脆くてな。こんなところで防衛戦などしたくはないんだがな」
 仮面のニケは机上にある地図と駒を弄り回していた。
「じゃあいっぺん退がってみるん?」
「だから卿を呼んだ。卿ならばどう出る?」
「しれたことをいいんさんなや。攻められるだけ攻める!」
 ティアマトは自軍を表した駒を一気に押し出す。
「だが、それだと物資補給に多大な負担をかけることになる」
 アタナトイもその駒から拠点、ひいてはエレベーターまでを指し示した。距離が長ければ長いほど攻めたり守ったりがしにくくなる。
「物資もじゃがのぅ、戦場がメンタルに与える影響も考えんさいや。どのみち一ヶ月以上対陣なんぞ出来んのんよ?」
「鋼の気概をどこに捨て去った? 勝つまでは二ヶ月三ヶ月地上で戦い続けてもらわないと困る」
「困りもんなんはアンタの方よ! ウチやアンタはそりゃあずっとドンパチできるかもしれんけど、普通のニケは一ヶ月休暇なしとかしたら頭おかしゅうなるんよ」
 長期戦論者と短期決戦論者では、話はまとまりそうもない。

「あのー、私達からも意見具申して良いですか?」
 奥ゆかしく挙手しているのはマチルダとディシプリン。
「メガネ共か。この馬鹿たれになんか言うてやりんさいや」
 暴龍の発言許可が出たので、ふたりは資料を提示しながらおのおの意見を開陳してみた。
「現在物資に関しては、戦場に放置されたものを含めれば三ヶ月分はあります。補給に関しては何も問題ありません」
「地形の確認ですが、南西に山がある以外はこの辺りは平地ばかりで、北上しても廃墟以外に大した変化がありません。正直に申しますと、一旦下がる方がいいと思います」
「こいつらもマゾなんか……  半端もんはどうしたいんね?」
 ティアマトは、テーブルに頬杖をついて作戦会議を聴いていたスタルカーにも話を振る。連日の走り込みで流石に疲れていたゆえであり、司令部の皆もこれを許している。
「ふーむ……  退屈といえば退屈なんですよね」
 彼女としては、二人の指揮官がただ単に攻める攻めないの話し合いにムキになっている様にしか見えなかった。もっとこう、敵をおびき寄せて叩こうとか、どっちが敵を多く倒せるか競争だとかの方を期待していたのだ。
「なに?」
「そんなに戦場でドンパチしたいんね? よっしゃ連れて行っちゃろう!」
 ふたりは突然意気投合したかと思うと、スタルカーの腕をそれぞれ引っ張って陣幕から出すのであった。
「!? ヤメローヤメロー!」
⭐︎
 結局、スタルカーは一人で持ち込める限界まで弾丸を抱え込まされて、敵の只中に放り出された。
 数刻後、彼女は泣きながら司令部に帰還した。単騎で敵一個師団相当を殲滅して来たのだ。
 ひたすら外周しながら射撃をやめずに、まるでリンゴの皮をひたすら剥き続けるように戦わざるを得なかった……
「万に敵する! ルカちゃんお疲れ様です……」
「えらぞうなたいどとってずびまぜんでしだあああ」
 しかしながらこの偉業も二人の指揮官の諍いを止めることはなく、アタナトイはハンマーと金床理論よろしくティアマトを主攻させて、自軍は防御に徹することにしたのだった。

 山頂の観測隊や偵察ドローンを飛ばして敵の動きを
監視してはいるが、敵は漸進し続けるだけだ。急に思い付いたかのように、数十万規模の軍勢が集団から離脱して陣営に突撃をかけるのを繰り返していた。

「相手はアホなのか、それとも負担をかけ続けるためにわざとやっているのか……」
 流石にアタナトイ達も思案が纏まらなくなってきた。そのため、ティアマトらと同時に攻勢をかけることを決定。
 恐らく、敵軍には高位のヘレティックがいるはず。これを発見して討ち、一気に敵集団を崩壊させる算段である。
 これに応じて、各部隊は戦支度を促進させた。
 敵の大部隊が山に近づいた時に側面から支援攻撃出来るよう要塞化も進めている。相手は山に近づくことはあっても奥深く入らないので入念にすればするほど旨みがあるというものだ。
 戦闘も十日を過ぎて、幾ばくかの戦死者を出しているものの皆戦意に満ちていて、敵討ちだとのぼせ上がっている。

「先鋒はウコクとシャロン、卿らに任せる。敵将を見つけたら即報告しろ」
 全体の作戦会議に於いて、アタナトイは気鋭の二名を起用することを宣言した。
 この二人は仲が悪いものの戦功争いではともに結果を出し合っている。部隊の消耗も今のところ目立っていないのも理由のひとつだ。
「「敵の親玉と戦ってもいい?」」
「……」
 アタナトイはしばし考え込んだ。奇襲が成功する確率をよく考えねばならない。シャロンは確かにタイマンでは優位にたてる技量を持っているが、一撃必殺が可能かと言われれば難しいやもしれない。その点ウコクは暗殺向きの能力を有している。武器種がSMGなので一撃で頭を吹っ飛ばせるかがカギだろう……
「ふたり同時に行けるなら許可する。絶対に単騎駆けするな!」
「「はい!!」」
 決戦は翌日の日の出を以て行われることとなった。

 ちなみにスタルカーは早速伝令に走らされる。案の定である!!
「なんかここずっと走らされてばっかりだ。神様はどうしてこんな仕事ばかりさせるんだろう」
 ぶつくさ文句をいいながらも準備をしていたスタルカーのところに刺青だらけのニケが近寄る。
「スタルカー先輩、お疲れ様ですっ」
「あっウコクさんこんばんは」
 思えば彼女とはあまり話したことがないな、とスタルカーは思い至る。
(初めて会った時は、全然見えなかったのにね)
 彼女はいろんなニケと交流するのが好きな社交的な性格なのだが、特にディシプリンやネイトと話しているイメージが強い。
(プリンちゃんはよく勉強を教えていたし、ネイトさんと遊びに出かけるって言ってたよね)
「また向こうに遣いに行くって聞いたんで話に来ちゃいました」
「すぐに戻るよ〜。明日は大事な戦いだけど不安なの?」
「そんなとこです。私は敵に見えないから平気ですけど仲間たちはそうじゃねーし。死んじゃうかもしれないっていうのは考えたくねーですね」
 ま、彼女もこれだけの敵に突っ込んでいくのだから不安も強かろう。私もビビった、とスタルカーは苦笑する。
「命あっての物種だから、無理は禁物だよ?」
「了解でっす!」
 敬礼しながら別れようとした刹那、ウコクはスタルカーの顔をマジマジと見つめ始めた。
 遊牧民族の流れを汲む素朴な容姿と、それに似つかわしくない女子高生の格好。金に近い明るいブラウンに染色された髪と程よくダラケたルーズソックスがかわいらしい。
 ニケは生前の理想が具現化すると言われるが、ウコクほど人為的な美を添加し続けたニケはいないのではないか?
「ちょっ、なに?!」
 流石にちょっと恥ずかしく思うスタルカーに、ウコクはマイペースに理由を答えた。
「いえね、前に彫らせてもらった目元のタトゥーがカワイイからもっかい見ておきたくて」
 ドゲザまでしてウコクに彫らされた、星屑模様の小さなタトゥーが、左目の下に輝いていた。

 決戦の彼は誰時、義勇軍の布陣が完了した。先鋒二名の部隊を左右に配置し、アタナトイなどの主力約三万が中央にて敵と戦う。ほぼ全軍で戦う覚悟の現れだ。
 加えて、要塞化した山に配置した部隊やティアマトらによる支援を得られれば三方向から攻撃が可能となり、だいぶ戦闘にゆとりが生まれるであろう。
 それにアタナトイは新式のフォーメーションを考案していた。
「司令官、その部隊編成にはかなり拘りがあるようだが?」
 スカーが見ている先の部隊は、スナイパーライフル持ちが二名、アサルトライフルやショットガン使いが二名と、ロケットランチャーや重機関砲持ち一名で構成されたものである。
「当世風のテルシオといったところだ。今回の戦いではまだ敵の航空部隊と鉢合わせていないが、これならば十二分に防空しつつ正面の戦闘にも対応可能と私は信じる」
 ケイトは銃剣の付けたアサルトライフルをクルクルと回しながら、かつて学んだ軍事用語を呟く。
「テルシオ…… 五六百年も前の軍事編成だねぇ」
 これは大量のパイク(長槍)兵と銃兵を組み合わせて作り出す人間製の巨大要塞とも言うべきものである。長い槍の生み出す槍衾は歩兵を打ち据え騎兵の突撃をも躊躇させ近寄らせず、その隙に銃兵にて射殺するのである。
 ただそれ故に機動性はお察しであり、密集陣形であるため砲撃での攻撃にはとんと弱かった。戦場に大砲が持ち込まれるようになると無敵の方陣も立ち所に崩壊し、長槍も銃剣によって銃兵に取って代わられた。
 アタナトイがこの部隊編成にこの名を引用したのは、集中投入時にハリネズミの如きーーヘッジホッグが苦笑しそうだがーー対空攻撃と、テルシオのもうひとつの特徴である、部隊への柔軟性向上を期待してのことだ。
 実はテルシオは兵士の人数における士官の割合が多い。今の所、アタナトイと同じように多数のニケを少数の司令官が統率している。だが、指揮官ひとりひとりが少数のニケを運用することもそのうちあるだろうとの予測を彼女はしていた。かつて、ゴッデス部隊という最初のニケ部隊を率いていた指揮官もそうだったではないか。
 

「あなた……  嗚呼、名前は忘れてしまったわ。手勢の一部を分け与える故、せいぜい気張りなさいな……」
 巨大なクモ型ラプチャーであるハーベスターの背に御輿を載せ、そこから配下のヘレティックを軽侮する者がひとり。艶やかな濡烏の髪を持つそれは、頭に高位存在である事を示すティアラめいた飾りをつけていた。
 ヘレティック同士であっても果てしなく劣ると看做した相手である。全く興味がないかのような素振りで突き放すと、自身はワインボトルに詰めたナノマシン入り液体触媒をグラスに注ぎ、飲み干すのである。
「さて皆のもの、喰らいに行きましょう。先月のように手応えが無さすぎると言うことはなかろう」
 謎の異端者に率いられた大量のラプチャーは、粛々と侵攻を続けていた。

 東の地平線から日が昇る。いよいよ決戦だということで、義勇軍将兵の誰もが息を呑む。
「作戦開始!」
 アタナトイの号令と共に、まず山や後方の陣地から長距離砲撃が行われ、次に両翼の二部隊がラプチャーの大群の中に突入していく。生者の人数が少なすぎるので喚声はほとんど聞こえなかった。
 不死の軍勢各五千ずつによって護衛された部隊は、パンツァーカイルを形成。敵の暴風じみた弾幕を掻い潜りつつ敵軍の大将を探していく。
 山からの支援砲撃も継続して実施され、ウコクの部隊は順調に敵を破壊・侵攻していく。
「ここまでは簡単簡単! シャロンのアホは……
アレ?」

「チャルチウィトリクエは何をしている!!」
 アタナトイが激昂するのは、右翼方向から攻撃を通達しておいたはずのティアマトの軍が全く動きを見せない事である。
 伝令のスタルカーは既に到着し、承知までしていた彼女達が翻意した、というよりせざるを得なかった事情が二つほどあった。
「さて、正面にもラプチャーの軍勢、どうやって向こうの手伝いしちゃろうかのう……」
 新手である。どうも今まで戦っていたラプチャーとは所属が違うらしく、ラプチャー同士がたまにかちあってはケンカを始めていた。どうやら縄張り争いをしているようだ。
 そして二つめは、そのラプチャー軍団に襲われた人類側の部隊が、さらに東方にある謎の工場群を拠点に戦っており、ティアマトに助勢を依頼してきたのだ。
(地図にない計画都市でなんかやっとる、中央政府軍とは思えぬ風体の部隊。ヤバすぎて見なかった事にして無視したかったんじゃが報酬が魅力的じゃしのう)
 チャルチウィトリクエはこの敵から計画都市を守るべく、補給線を維持するように長く間延びした陣形に変えざるを得なかった。
 スタルカーはというと……
「ちょっと!? 支援攻撃はどうするんですか!!」
「そうは言っても人間さまを優先して守らにゃいけんのはニケとしてはしょうがないことじゃろうが。ウチらもアタナトイのことが嫌いでやりよるんじゃないんよ?」
「この期に及んでそんな正論言われても困りますよ、もう! 私だけでも戻ります!!」
 スタルカーはトンボ返りするが、運良くそれが正面のラプチャー部隊を誘引して、ラプチャー同士で相打つ状況にはなるのだが、効果は微々たるものであった。

 思わぬ事態に怒りはすれど、想定内である。数多あるよろしくないシチュエーションのひとつだと割り切ってアンガーマネジメントしたアタナトイは不死の軍勢三千ほどを右翼方面に差し向ける。
 ちょうどその頃、ラプチャー側の前衛部隊が分離して中央の部隊と戦闘を開始した。
「ほう、またヘレティックがいるぞ!」
 アタナトイは目の望遠機能と併用した双眼鏡で敵部隊長を確認すると、早速サブウェポンの双節棍とこの間確保した出来損ないのボディを用意し、ウォームアップを始めた。
「三軍の将が軽率に一騎打ちに出過ぎではないか?」
 スカーは一応警告しておいた。尤も、常識的な意見を述べただけで言っても無駄だと考えている。
「ヘレティックは野放しにしておくと、それこそ巨大化して難儀な事になる。一気に畳み掛けて倒すのが上策だぞ、スカー」
「私を前に出さないの?」
「スカーとケイトは予備部隊だから、ここで消耗させるわけにはいかない」
 やれやれといった感じで両手を動かし、ケイトとスカーは苦笑いするしかない。この好戦的な総大将を一体どうすべきだろうか?

 シャロンの部隊が連携して進軍しないと、敵将を見つけても戦闘に入れないウコクは、仕方なく右翼方向に進行。分離した敵前衛部隊の後方を遮断し中央の本軍を援護することにする。
 そして前方では少数の決死隊を伴ったアタナトイが敵ヘレティックとの戦闘を開始した!

「あらあら、面白いニンゲンもどきがいるものね」
 御輿に乗り優雅に観戦していたラプチャーの首魁は、あるニケ達を蛇のような目で見つめる。それは果敢に白兵戦を仕掛けるアタナトイ、そしてモザイク模様を身に纏ったウコクであった。
「それにしてもあの山は目障り極まりない……」
 ヘレティックは指を鳴らすと、はるか上空にいたストームブリンガーやマザーホエールの編隊が移動を開始した。

「ネメシスがいればより早く終わったのだがな……」
 敵ヘレティックを胸部コアまで弾丸をたらふく食わせて破壊したアタナトイは慨嘆した。
 傍らには出来損ないのボディも健在だ。鋭く変化した異端者の手足の装甲を以て、名も知れぬ異端者を斬りつけナノマシンによる自己再生に負担をかけ続けた。
「このあたりの敵は一掃したよ」
 部隊の指揮を委任していたケイト達も駆け寄る。
「こちらの両翼も漸く敵陣奥深くまで至ったようだ」
 スカーも的確な分析でフォローする。
「よし、我々もこのまま進軍するぞ!」
 先程のヘレティックの亡骸も支配下においたアタナトイ達も敵陣への突入を敢行した。
 双方の死骸が其処彼処に転がっている漠たる荒野には、気圧の谷間による暗雲が漂いはじめていた。

 中央の本体が敵軍集団への突入を開始した頃、ウコクとシャロンの部隊はほとんど合流した状態で、敵の真っ只中で激戦を繰り広げていた。
 敵中に孤立していると言っても、相手も同士討ちをするわけにもいかず遠巻きに包囲しているものがほとんどなのが幸いである。加えて、山からの支援砲撃は思いの外精密で、侵攻ルートギリギリを的確に攻撃してくれている。このため、前衛部隊はほぼ浸透に近い状態で歩を進めていた。

 指呼の間まで両者は近付くと、互いに中指を立てて挨拶する。たとえ戦場であっても変わらぬ、いつもの光景だ。
「オメーがおせぇからみんなが迷惑するだろくそったれサイネージ女!」
「全身淫紋だらけのアバズレに言われたかないヨ! 文句ならティアマトの姐さんに言うヨロシ!」
「淫紋じゃねーよタトゥーだ! 芸術もわかんねーのか」
 夫婦漫才じみた罵倒をしながらも、作戦内容を更新して伝え合う。
 ここからはシャロンが先行し、敵司令官を発見次第ウコクが後ろをとって同時に攻撃を仕掛けるのだ!

「敵機接近!!」
 山ではネイト達が防御を固めていた。しかし相手は遥か上空からやってくるのである。
 アークは地下都市である。そのため、空を飛ぶための機械と言えばヘリやドローン程度。まだ幾許か戦闘機の類いが残っている可能性はあるが、たかだか一民間組織に過ぎないオーケアニデスがその様なものを所持しようがないのだ。
 敵は、マザーホエールとストームブリンガーが五体ずつに多数の浮遊している小型・中型ラプチャー。そのうちストームブリンガー三体はアタナトイ達を空爆すべく目前で旋回した。
「これってどうなんですかね?」
 山頂の量産型ニケたちの戦闘経験は必ずしも一定ではない。非戦闘要員として雑事に従事している者が古参兵のニケに質問した。古参兵の方は頭を掻きながら指をさす。
「おおかた攻撃部隊の方を攻撃するつもりなんだろう。流石にここでは援護し切れない」
 続けて、奥からやって来る巨大ラプチャーについて語り始めた。
「あのクジラの様なラプチャーは、さしずめ戦略爆撃機だ。アレ自体相当強いのだが、中には小型の陸戦型ラプチャーが満載されている。この場に投下されても、この後方の補給物資貯蔵基地に落とされても最悪だな。あの猛禽みたいなのは制空権を握れるほどだから戦闘機相手でもしんどいぞ。そんなのが地上にいる我々を爆撃してくるのだ」
「そんなの倒せるんですか!?」
「倒さないとみんな死んじまうよ。それにネイト隊長、あの人がいればなんとかなるでしょ?」
 そのネイトは、特注のビームライフルを使おうか、愛用しているスナイパーライフルであるフローレスにすべきか思案していた。

 空からの攻撃。人類が主に意識し始めたのはーーカタパルトなどの遠距離攻撃を除けばーーそんなに昔のことではない。
 飛行機を叩き落とすため、大砲を思い切り天に向けて撃つのだ。さらに高角発射や砲台の完全旋回が可能な砲架を備えるようになった。
 飛行機の発展に伴い、高高度と低高度防衛のためにそれぞれ単発重砲と速射軽砲が用いられるようになる。また、砲弾にも近接信管などの技術が開発された。固定式のほかに、戦車などと共に移動させるために自走砲車に搭載して使用することも一般的になった。
 ロケットやミサイルの進化は、歩兵が対空砲をも携帯することが出来るようになった。精密誘導する機能によって命中率も高まった。

 ところが、ラプチャー侵攻によって対空火器の多くが使用不能に陥ってしまった。なに、砲を置くべき地上が根こそぎ奪われてしまったということだ。
 現在では、今次奪還戦のように大型の設備を持ち込んで設置したりも不可能ではないが、大抵はニケの使用武器で無理矢理対空戦闘をするしかない。

「有効射程範囲に入るぞ!!」
 地上に向けて支援砲撃していたニケ達は、素早く目標を大空を我が物顔で飛んでいるラプチャー達に切り替えた。
 幸い、ラプチャーの装甲をぶち抜けるスナイパーライフルやロケットランチャーは低高度の敵にも十分対応可能だ。また、アサルトライフルでも小型のラプチャー程度なら撃ち落とせる。
 問題は先のマザーホエールらである。

「攻撃開始!」
 大量の実弾や砲弾によって弾幕が張られる。この射撃で大型ラプチャーにも攻撃が入るが、ダメージは微々たるものだ。ストームブリンガーが羽ばたいて部隊を吹き飛ばそうとする。危険な兆候だ!
「いけるか!?」
 ジッと見て、引き金を弾く。
 瞬間、ストームブリンガーの巨体が揺らぐ!
 過程を無視する因果律破壊狙撃はここでも脅威的な戦果を産んだ。
 ネイトの狙撃が炸裂して、コアを撃ち抜かれたストームブリンガーは機械部品をぶち撒けながら崩れ落ちた。実体弾のスナイパーライフルだがなんとかイケた…… 彼女はホッと一息つく。
 続くもう一体のストームブリンガーも集中砲火で撃墜に成功したが、問題は高高度を悠然と飛ぶクジラの方だ。
「これがあるのを忘れたかい? てっー!!」
 こんなこともあろうかと、後方拠点で待機中のヘッジホッグらが周辺から掻き集めておいた高射砲が猛然と火を噴く!
 ミサイルにとって代わられた旧時代の遺物と罵られようが、大口径の砲弾を直接ぶち込めば相手は死ぬのだ。鯨の一機は目標よりはるか手前で爆散した。格納されていたラプチャーやラプチャーだったものは、敵軍の頭上にぶちまけられ多数破損したのだった。
「撃って撃って撃ちまくれー!!」
 量産型ニケ達の弾幕も、マザーホエールの露出していたコア付近に集中し、破壊に成功した!
 残るは一機だが、バリアを張り多数の護衛ラプチャーを展開したクジラは生半な力では止められない。このままゴリ押しで山頂までもう少し……

「チィぃ!」
 ネイトは切り札のビームライフルで狙撃する。地上の数多の命を喰らってきた生体コアは厚い装甲で隠されていたが、そんなものは関係なくビームの熱により融解、蒸発していく!
「とっとと墜ちろ〜!」
 ネイトはしゃにむにライフルを振り回してコアを破壊していく。
 ごああああ……
 マザーホエールは断末魔の叫びをあげながら降下していった。遂に全機撃墜だと部隊のニケ達が快哉を叫ぼうとする。
 しかし……
「ぶつかるぞ!? 全員退避ー!!」
 鯨は山の中腹に墜落し、中から大量のラプチャーが這い出してきた。
「皆、山を放棄して逃げろ!」
 ネイトは武器だけ持って一時的にマントを外して、自ら率先して山頂から後方拠点方向へ飛び降りた! まるで空気の上を歩いてわたるが如き大ジャンプは、彼女の美しいコバルトブルーの髪がたなびくのも相俟って荘厳な美すら感じさせた。
「南無三!」
「逃げろ!」
「おかあさーん!」……
 様々な声を上げ、多くの量産型ニケ達も次々と飛び降りていく。だが、彼女達はネイトと違って身体機能がそこまで高くない。そのせいで、飛び降りた後の着地失敗や助走不足による跳躍失敗、ラプチャーによる攻撃などによって少なくない数のニケが命を落としてしまった。

 一方、アタナトイ達もストームブリンガー三機による地上への阻止爆撃に直面していた。
 昔の地上戦では高速で走り、硬い装甲を持って、火砲までついた戦車が猛威を振るっていた。しかし、戦車の装甲が薄い箇所は確実に存在する。それは車輌の上下部分である。そのうち上部については、航空機が爆弾や機関砲で破壊していくのだ。
 戦車はほぼニケに置き換わったが、この弱点は引き継がれた。
 今、彼女達は側面からの空襲に晒されつつあった。
「猟兵部隊よ、出番だ!」
 ビームライフルで攻撃力を強化した、テルシオ対空部隊が射撃を開始する。かつて長槍によってなされた槍衾は今や荷電粒子砲と変化している。
 彼女達は足を止め狙撃していく。この状態は地上に蔓延るラプチャーに恰好のエサを提供するかに思われた。
 しかし、それを補うための小銃兵もいれば強固な壁のごとく立ちはだかる屍人のニケ達もいる。
 さらにアタナトイはダメ押しとばかりにスカーを呼びつける。
「卿に彼女らを託す。敵航空戦力を叩き潰した後、速やかに合流せよ」
「敵中に放り出すつもりか?」
「私は出来ると思った奴にしかそういう事は言わない質でな」
「承知した」
 十二分に不死の軍勢を持たされたスカーの部隊は、本隊から分離した。
 前進を続けるアタナトイ達を恨めしそうに眺めながら、スカーの思考は既に以下の一点に集中していた。顔の疵痕が真っ赤に染まる。
(どのような事をしてでも生き残ってやるからな……)

 このようなやりとりが本隊で行われている頃、先行するウコク・シャロン両部隊は敵軍中心部に位置していた謎のハーベスターに攻撃を開始していた。
「クモか、脚を狙っていきな!」
 両脚を一気にへし折って、体勢が崩れたところを叩きのめそうとしていたのだが、どうにも脚が硬すぎる。
「たいちょー、なんか再生スピードがめちゃ速くて撃っても撃ってものれんに腕押しでさぁ」
「むむむ!?」
「じゃあ一方の脚だけ狙うヨ!」
「アイアイサー!」
「勝手にしきんな!」
 流石に二部隊が集中砲火を浴びせ続ければ、クモの脚もすぐに蜂の巣と化し自重で崩れ落ちた。
(よっしゃ行くぞ!)
「それじゃそろそろ気を練るとするヨ!」
 ふたりは目の最大望遠機能で既にハーベスターの上に何かいるのを把握していた。
 そこで、シャロンが囮となって目立つように力を誇示する。その隙にウコクが頭を粉砕する作戦だ。
「すぅー、はぁー!!」
 あからさまな呼吸に、件の人物がケラケラと笑っていた。
「愉快な人間もどきもいたものねぇ」
 漆黒のドレス姿のニケらしきものは、まるでお笑い芸人の舞台を鑑賞しているかのように大笑しながら拍手をしていた。完全に油断している。
 ウコクは極限まで足音を出さずに近づく。あと少しで有効射程範囲だ……
「そう、あなたの事よ。見えにくいと醜いって似ているわよね」
 異端者は急に向きを変えた。
 ウコクと異端者は完全に目が合った。引き金を弾かなくては、とウコクは強く意識するがどうにも動かない。蛇に睨まれた蛙とはこのことか。
「冥土の土産に教えてあげましょうか。あなたの力は確かに私の目を騙していた。あの時見ていなければ奇襲くらいは出来たでしょうね」
 次の瞬間、何もない空間から何かが複数飛び出してウコクの頭部は完全に吹き飛んだ。
 シャロンが吼える!
「ニャンニャン、招来! ぶち殺してやるぞ!!」


次回予告
死を悼む暇もなく
戦場に到来するは
閃電娘娘!!?


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