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森、雪、そして光―ジャン・シベリウス “交響曲第6番 作品104”



東京はようやくの冬本番ということで、再びの安易にシベリウスの巻。個人的に一番好きな6作目の交響曲から。





50歳を記念して作曲された祝祭的な第5番、極限まで削ぎ落とし交響曲の表現しうる一つの極致に到達した第7番と共に「後期交響曲」の傑作のひとつである第6番。3作品とも構想自体は同時期に練られているらしいのですが、「5番」には雄大な生命力を感じ、「7番」には抽象画のような幽玄の世界が描かれていてキャラクターはだいぶ異なります。

「6番」のキャラクターはおそらく孤独。雪がしんしんと降り積もり、太陽が白銀の世界を照らす。世界はこんなに美しいのに、身体は芯まで冷えている。そういう哀しみが降り積もるように心を浸していきます。

シベリウスの6番はひそやかな弦楽合奏から幕を開けます。雪が氷となってザラザラとした一面の白銀が、太陽を照り返しキラキラと輝いている。空気は澄み渡り、肌を刺すように冷たい。風にこだまする木々のざわめき。

弦楽器ってこんなに澄んだ音って出るのかと、ちょっとずるいなと思ってしまいます。何に嫉妬しているのかは謎ですがwこの世のものとは思い難い清らかさ。宗教改革によって発達した教会音楽を研究を重ねて下敷きにしたということらしいです。聖性を感じるにも根拠があるわけですね。

そして、妖精めいたハープの導きに沿って足を進めると...地吹雪のような強い風が吹きつけますが、すぐに止み、開けた山々の合間からは太陽。いい最終回だった…と思いきや、ぼそぼそとつぶやきが残るモヤっとした締まり。内省の世界への移行を予感させます。

ため息のようなフルートに連なる内なる声…そして幻想の世界…再び妖精の導きで内省の森の奥へ…

そして見出される光。それを慈しむうちに気が付くその光が際立たせてしまう闇の存在。孤独。国民的な作家、フィンランド独立の象徴。音楽の神に愛され成功を手にしても、アルコールに依存してしまうほど満たされないもの。追い打ちをかける大切な恩人と弟の相次ぐ死別。

気が付けばすっかり時は過ぎ、降り積もる雪が身体を白く埋めようとしていた。存在を消し去るように降り積もる白の音。森々たる緑もちっぽけな私も、全てを覆い消し去ってしまう白。そのまま眼を閉じるように終わる最終楽章。

あまりにも美しい。けれど、寒く、哀しい。そりゃサウナに入るよフィンランド人。シベリウス邸にもマイサウナがあったそうで...


現代の作曲家達は色彩豊かなカクテルを作ったが、私は冷たい澄んだ水を聴き手に提供したのだ」―ジャン・シベリウス