見出し画像

じいちゃんと富士山

あんなあ、じいちゃん、富士山描きたいねん、富士山。ずっと描いてみたかってん。次の春ばあちゃんと富士山の見えるとこでな、描きに行くからな、ミエもリーちゃんと遊びに来たらええんちゃう。
2022.

じいちゃんにまだ描きたい気持ちがあることに母は驚いていた。ずっと同じ絵を描いていたじいちゃんが、今年ついに富士山を描こうとしている。

私が初めて綺麗だと思った山は、じいちゃんの描いたマッターホルンだった。みるからにカクカクざらざらした稜線を下になぞっていくと、大きな湖が見える。湖の左右に草と花、空は青のグラデーション。実家の階段を上がったところにあるマッターホルンの絵は毎日みていたからすぐに思い出せる。マッターホルンが実在していると知ったのは小学生の時に見た『にじいろジーン』の「世界の朝ごはん」コーナーで、じいちゃんの描きたいと思う景色がこの世界に存在することを知った。毎日マッターホルンをみて暮らしている人々がいることも知った。絵の中のそれと実物のそれは同じものだから、初めましてな画面越しの人々に羨ましさと親近感を覚えた。

絵描きのじいちゃんにとって、綺麗な絵を描くことがずっと気持ちいいことだったかはわからない。でも、私はじいちゃんの描く絵を見るとなんだか良い気持ちになったし、自分の娘に美絵って名前をつけたり、綺麗な名前のところに住みたいって舞鶴で暮らしたり、そういう決め方をできるじいちゃんが好きだった。じいちゃんの描いたマッターホルンはなんとなく私にとって特別な山で、いつかみたい景色だった。


"It's too sweet for you! haha!!"-余談-

11月に日本に赴任してきた、一緒に働いているスイス人のお兄さんが大きなチョコレートをくれた。そのパッケージにはFIFAの文字とサッカー選手数名、その奥にマッターホルンのイラストが描かれていた。

「ありがとう、これマッターホルン?私にとってマッターホルンはそれ自体が夢なの。実在する夢ってかんじ。わかる?英語でなんて言えばいいのかわからないな。うまく言えないけど、とにかく、いつか自分の目でみたいの。」

「そうなの?僕はマッターホルンでスキーをしたことがあるよ、最高だった。そういえばそのチョコレートはとっても甘いよ、君には甘すぎるかもね、ハハ!!」

マッターホルンに行ったことがある人との初めての会話は、"チョコ甘いよ!"で終わった。「”棚からぼた餅”という諺のポイントは、ぼた餅が落ちる瞬間に棚の下にいることですよ!」ってツイートをみて、その通りと思った日を思い出す。見事に棚の下におらず、ぼた餅を落とした。一緒に働いているからいつでも話せるし、何度でも拾えるタイプのぼた餅であるゆえ、初手で落とすのは悔しかった。現地の人と出会えた喜びは繰り返せない。とはいえ、伝えたいことが伝わらないもどかしさは、伝えたいことがない空虚さに比べればよっぽど良いこと。そうでしょう、この悔しさはちゃんと糧にする。

そういえば、同じ時期にオフィスで突然 ”Congratulations!” と、初めましての方に突然声をかけられた。彼曰く、”昨日、日本はスペインに勝っただろう?僕はいま日本にいて、スペイン出身。良い試合だったおめでとう!”の ”Congratulations!” だった。私が選手に代わっていっていいのだろうかと思いながら渾身の "Thanks!" を伝えると、勝利の翌日はいい1日になるだろうと予言してくれた。こういうコミュニケーションをしたことがないから戸惑ったものの、なんだか気持ちのいい時間だった。そうそう、日本勝ったの!誇らしいよ、ありがとう。


2022年は、書き残したい景色にたくさん触れることができた。仕事でいろんなところに行く機会があって、初めての人と景色と食にたくさん出会えた。目の前のことで精一杯になると半径5メートルの世界で簡単に生きられてしまうから、強制的に新しいものに触れる日々はキャパオーバーになりつつも、全部いい経験になった。「でっかいどう!!」って叫びたくなる景色をちゃんと北海道でみたり、いくつか土地の産物や文化や人を知ったり、ひょんなことで興味のあることが増えたり(英語学習とか薦められた本とか)。出会えて良かったと思える人がたくさんいて、これから出会いたい人も同じようにたくさんいる。みたい景色も増えた。その一つ一つによって、過去の何かの見え方も今も未来の想像も少しずつクリアになって、いつかじいちゃんみたいに、振り返ってふと思うのか、ずっと思い続けるのかはわからないけれど、富士山が現れるんだ。

今年の春、富士山を描いているじいちゃんに会いに、富士山の麓に母と遊びに行く。それと、パートナーと部屋に世界地図を貼って、行ったところにピンで写真をくっつけていこうって約束したから、今年は海外にも行く。じいちゃんが今このタイミングで富士山を描きたくなったの、じいちゃんの過ごしてきた数十年があったからだと思うんだ。マッターホルンは実在するってこの目でわかる日、私もそう遠くない気がするんだ。

2023年は、この人生は地球にトリップしに来たんだから全力で楽しむぜ!な気持ちでいろんなことを面白がって日々を過ごしていくよ。あともう2つ、私の富士山と誰かにとってのマッターホルン、ね。









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?