不浸染


  20□□年 ■月 □日

 その日は確か海の日であったと記憶しています。連休であるということで、□□は私に『どこかへと出かけませんか、■■』と、そう言いました。私はその言葉に唯々諾々として従い、そうして『せっかくどこかへ出かけるのであれば遠出をしましょう』という□□の意向に倣って京都へと旅に出ることにしたのです。ふふ、海の日であるというのに、海という存在と縁遠いと言ってもよい京都に赴くというのは中々道理に背いていて面白いことのように感じます。

 長引く梅雨前線と早駆けをする秋雨前線との板挟みになって長雨が続くと、そう気象庁の方も述べていたように思われます。その日はその言葉通りお日柄も大変に悪く、ざあざあと降る雨が作る水溜りは、京都の駅に降り立った□□と私の前にまるで海のように茫洋と広がっていました。『雨の日の京都も中々乙なものでしょう』と頬を擦りながら嘯く□□に、ああこの人はいつものごとく天気予報も見ていなかったのだろうなと思いながら、傘を差し掛けました。
 行き交う人が差す傘は、旅先での躍り上がるような心を映すように暖色系の色で溢れており、ひょこひょこと人々の手元で跳ね回っていました。私の真っ赤な傘も□□の背丈に合わせるようにしてひょこひょこと揺れています。傘から滴る雫は□□の肩を濡らし、私の肩を濡らしていました。□□と私の御揃いのピアスは、お互いの左右異なる側を雨粒に濡らしていました。

 人々の流れに乗るようにして河原町を抜け祇園四条へ。道中の四条大橋から見た鴨川は、降りしきる雨の強さを受けてか黄土色の濁流となってごうごうと周りの音を飲み込んでいました。曇天の中に降りしきる蝉時雨の音も、どこかぼんやりとした塊となって川面へと吸い込まれていきます。□□は私に何事かを呟きかけたようでしたが聞き取れず、私は曖昧に笑い、そして□□も曖昧に笑っていました。
 祇園四条から先斗町へ。花街であるところの先斗町では昼であるにも関わらず連れ合いで溢れかえっており、その多くが「□□□□」と軽い睦言を交わしあっていました。
 先斗町を少し足早に抜けて、八坂神社へと至ります。門を抜けたところで、ふと背後から鈴の音がしたような気がして振り返り、四条の通りの方を眺め見ます。ただそこには、昔から在ったのだと荘厳に主張する赤い西楼門と、その隙間から見える現代の街並みがあり、雨によって輪郭をぼかされながらどこか奇妙な調和を保っていました。

 安井金比羅宮に行くのは如何でしょうかと私が切り出したのは、石塀小路を越えて八坂の塔が見えてきた頃でした。□□は『安井金比羅宮?』と怪訝そうに眉を顰めていました。「人との悪縁を切る場所ですよ」と私は□□の瞳を見つめながら返します。「無論興味本位ですが」と言い訳がましく目線を逸らしながら言うと、□□は『そう』と呟いて少しだけ目線を彷徨わせ、『■■が行きたいと言うのであれば行きましょうか』と続けました。秋になると赤く染まる南天が、雨を受けて鈍く臙脂色に照り映えていました。
 石畳の道を下り、大通りを越え、安井金比羅宮に辿り付きました。神社の鳥居には『悪縁を切り良縁を結ぶ祈願所』という額が掲げられていました。『縁というものに良縁も悪縁もないでしょうに』と□□が零します。禍幸は糾える縄の如しですね、と□□の言葉に添えました。□□は何かに思いを馳せるように少しだけ顔を綻ばせて、『行きましょうか』と言って鳥居を潜りました。鳥居の脇にある電線が、蛇のようにようにしなだれ、もたれ掛かり、絡み合い、どうしようもないほど一つの束へと結われていました。
 境内にはぽつりぽつりと人が散らばっていました。縁切り縁結び碑と書かれた看板が見えます。人が二人分程の大きさをした巨石に夥しい白い御札が貼り付けられています。そしてその中央に『亀裂』とまで称される穴が――この『亀裂』を通り抜けることで願いが、縁を切り縁を結ぶことが可能になると言われているということでしたが――ぽっかりと空いていました。
 何か一つのことに染まるのが好きな私は、或いは染まるという言葉ではなく純化という言葉が好きな私は、いつの日かこの地を訪れてみたいという気持ちを密かに抱えていました。だから京都に行こうと、そう□□が言ってくれたのはまたとない機会だったのです。
 写真を通して見るその空洞の姿は、亀裂という破滅的な単語に反して、余りに神聖で透明な色彩を伴っており、一種の完成された透き通った美しさを保っているように見えました。
 けれど、そうではあるけれども。今私が目にしている空洞は雨に濡れて薄暗く、まさに「亀裂」と呼ぶべき、私の望まない濁った姿での破滅を描き出していました。強さを増した雨足はごうごうと私の耳元に破れた音を叩きつけていました。ああそれは余りに不純だ、美しくない――在ってはならない――――。

 ……………………。

 ■■? と私を呼ぶ声がしました。いつの間にか抱き寄せられていた肩と、私が取り落としそうになり□□の手に引き寄せられていた傘に気付き、私は赤面しました。『雨だからここには腰掛けることのできる場所はないけれど、もう少し行った先に茶寮があるわ』。
 □□の口からぎこちなく出てきたサリョウという言葉に、□□が珍しく気をきかせてくれて、携帯電話で私が休めそうなところを探し出したのだということを知りました。私は力なく頷いて、□□に躰を抱きかかえてもらうようにしながら、茶寮があるという清水の方へと再び歩を進めました。

 その茶寮は八坂の塔に面した道にありました。苔色の敷物が敷かれた席に腰掛けて注文の品を待ちます。□□は抹茶黒糖あんみつ。私は□□□□□□□□□□。□□と私は一緒に何かを食べに行くときにこのように違うものを頼むことが多いのですが、今日この場に限っては、それが不揃いで拭えない違和感として形を為しているように感じました。程なくして頼んだ甘味は到着しましたが、□□の頼んだ黒糖あんみつは熱に蕩かされて、どろりとした黒糖ソースがさくらんぼの赤と抹茶の緑とあんみつの白とを塗りつぶしているように見えました。

 交わす口数も少ないまま茶寮を出て、二寧坂から産寧坂、清水寺へ。丹塗りの仁王門の前は、黒色、灰色、藍色と心なしか暗い色の傘で溢れかえっていました。本堂へと続く石段を登る度に歩幅の違う□□と私の距離は開いていくように思われました。
 轟門を抜け本殿へ。そこには黒々とした大黒天の像がありました。20■■年に改修されたとのことで、ああ、確かに私が幼い学生のときに訪れた時は、このようにぬらぬらとした存在感を放つものは無かったような気がしました。黒く光るその像は、その荘厳さを表皮のみにどこまでも押し広げてゆき、ひと時の間留めおいているかのように見えました。□□は、□□にしては珍しく、どこかぼんやりとした表情でその像を見ていたようでした。

 改修中の舞台の脇を通り、石段を登って地主神社へ。そこには『恋占いの石』と銘打たれた物体が、石畳の上に鎮座されていました。この物体は二つが対になっている石で、両目を閉じて片方の石からもう片方の石へとたどり着くことが出来たならば恋の願いが叶うというもの。一度でも出来れば願いが早く叶い、出来なければ願いが叶うのも遅れる――。そのような但し書きを見て、私は目を逸らすように奥にある人形祓いの場所へと歩を進めようとします。
 □□はというと、ほんの少し目を瞑った後『やってもいいかい?』と言いました。私はぼんやりと頷き、□□はそんな私を見て少し苦笑したあと、目を瞑ったまま歩みを進めました。服を靡かせながら、自分の進む道など分かっているのだとでも言うように飄々と、片方の石からもう片方の石へと辿り着いたのでした。□□はこつんと足に当たった石に気付き、そして目を静かに開けました。『■■』。そう呼びかける声はどこか震えていながらも優しく、続く『じゃあ行こうか』という言葉に私は頷きを返すことしか出来ませんでした。

 坂を下り音羽の滝に差し掛かりました。滴り落ちる三つの滝の音は、それぞれ効能として異なる価値を称えていながらも、どれも同じであるように聴こえました。
 その時ふと、どこかで聴いたような鈴が鳴る音がして、清水の方を振り向きました。雲の切れ間から逆光が差し込み、□□のピアスの緑色を鈍く照り輝かせていました。私は反射的に目を背けましたが、その柔らかな光にどうしようもなく惹かれて其方を眺め見ました。
 そこには枯れて葉を失った紅葉の枝があるだけ――のはずでした。枝々の隙間が作り出す空洞に清水の赤い五重塔が重なり、枯れて葉を失った紅葉を赤く染め上げていました。その赤は、木々の間から滴る雨粒が輪郭をぼかして、紅葉の葉として染み渡って行くかのような奇妙な調和を保っていました。
 何か失ってしまったものを他の何かで補うというのは、実にありふれた良くあることで。それはとても不純なものだったはずが、補い合ったものがこうして綺麗な姿を――少なくともそのように認識させているという事実はここに確かに存在していて――それは、それ自体が美しいものであるように感じたのでした。そうしてここにしかない、輪郭をぼやかせながら同一的なものはないのだと声高に主張するその光景を見て、私は何かを重ね、そうして独りよがりに救われた気分になっていました。

 ■■がその情景を、どのように見てどのように捉えたかは今でも分かりません。或いは■■はその情景自体を目に留めてはいなかったのかもしれません。けれど、気付けば■■と私はいつものように二人で並んで歩いていました。二人の御揃いのピアスは左右異なる側を照り映えさせて、確かに鈍く輝いているように見えました。

 ■■は■■■■■と私に囁きます。私はそれに笑みを返して、■■■■■と言いました。

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