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忘れがたきうどん店(15) 山内うどん


実は”駅チカ”だが

香川県仲多度郡まんのう町(旧仲南町・琴南町)の山間部には人気のうどん店が数軒ある。いずれも人里離れたところに店を構えている。その秘境感と、長く地元に根付いた老舗感に魅力を感じる人たちが、交通の不便をものともせずに遠くから訪れる。この地域のうどん店でロケが行われた映画がヒットしたことにより、さらに人気が上昇した。

前回の「忘れがたきうどん店」シリーズで、三豊市コミュニティバスを使って”天空の至高うどん”須崎食料品店に行った話を書いたが、まんのう町のお店は自動車がないと事実上アプローチできない。

今回紹介する「山内うどん」は、JR土讃線黒川駅から徒歩10分程度の場所にある。が、列車の本数が絶望的に少ない。2023年11月時点のダイヤで、下り阿波池田行きは7時10分の次が12時09分。上り琴平行きは早朝に2本あるが、お店の営業時間(9時~13時30分)に合わせられる8時46分の次は14時18分である。

従って琴平もしくは阿波池田に宿泊しなければならない。阿波池田をベースキャンプにする場合でも午前中がまるまるつぶれてしまう。

山間の素朴なうどん店は須崎食料品店で堪能できたから、そこまで手間ひまかけて山内うどんまで行かなくても十分かも?と考えていたところ、思いがけず訪問のチャンスに恵まれた。

うどんタクシー

琴平町の観光バス会社が運営している「うどんタクシー」でうどん店2ヶ所巡りのミニツアーが企画された。訪問店は運転手さんおまかせで、”ミステリーツアー”的要素も含まれている。初対面の人と相乗りになるが、ひとりで通常の予約をするよりも割安になるので申し込んでみた。

当日は朝9時に琴平駅集合。よく晴れている。動画サイトやテレビ番組でおなじみの、「うどん」と記された行灯をつけた黄色いタクシーがやってきた。参加者は私を含めて総勢4名。

タクシーは琴平の街を後にして、南へ進路を取った。
もしかして、これは当たりかも…?
およそ20分で山内うどん前に到着。嬉しかった。

うどんタクシーの”旗艦車” 黄色はこんぴらさんカラーにちなむものか

あなたは昔ガーナチョコレート

店舗は長年の風雪に耐えてきたであろう、古色蒼然とした構え。脇の小屋には大量の薪が積まれている。降水量の少ない香川県とはいえ、このあたりでは温暖化以前、雪も決して珍しくなかっただろうと想像できる。以前阿波池田を訪れた際、池田高校が高校野球甲子園大会で連覇した時に作られた記念誌を見せてもらった経験があるが、ある教師が「初めて雪国のチームが甲子園で優勝できたことになります」と書いた一文がとりわけ印象に残っている。冬は練習前の雪かきがほぼ日課だったという。”風雪に耐え”は決して大げさな比喩ではないだろう。

薪置き場のさらに奥には”紅葉もじゃハウス”の小屋があった。

言われる前からエコじゃった、またも出てきたもじゃハウス

「手打うどん製造販売 やまうち」と記された看板には何かが隠れている。近づいてよく見たらロッテガーナミルクチョコレート、初代パッケージの絵の跡がかなりはっきり見て取れた。暖簾上げする際、どこかの駄菓子店あたりから譲ってもらったものだろうか。

”お口の恋人”は別途ご用意ください

入口脇では三豊市で収穫されたミカンや今年の新米が販売されていて、季節感を醸し出していた。

里の秋

宮武ファミリー

山内うどんはセミセルフ式に分類されるだろう。うどんとだしは店員さんが用意して、客はそれに好みのトッピングをつけて、会計を済ませてからいただく。都会の大手チェーン店と同様である。

うどんは「あつあつ」「ひやあつ」「ひやひや」の3種から選択する。それぞれ小(1玉)と大(2玉)がある。「あつ」と「ひや」は麺とだしの温・冷を示す。「あつあつ」は麺もだしも熱い、「ひやひや」はいずれも冷たい、「ひやあつ」は冷たい麺に熱いだし。それでは全体として中途半端な温度にならない?と思われるだろうが、冷水で”締めた”麺のコシがよりしっかりと味わえて、そのメリットが温度降下のデメリットを上回るという。「あつひや」がないのは仮に作ってもらっても特にメリットがないからだろう。

この注文慣習は「宮武ファミリー」(かつて琴平町にあった「宮武うどん」で修行した弟子たちが独立して開いたうどん店)の象徴とされている。山内うどんは現店主の父親が1984年に宮武うどんから独立して仲南町に店を構えた。

宮武うどんの店主は讃岐うどん映画登場人物のモデルになるほど人気だったが、2009年に体力の限界により閉店したという。「宮武うどん」の看板は弟子のひとりが受け継いで高松市内で新たに出店しているが、1990年代の「恐るべきさぬきうどん」でSランクと認定された宮武ファミリー店舗はそのほとんどが既に閉店して、山内うどんが唯一の生き残りという。1990年代の讃岐うどんブーム当時の雰囲気をそのまま残している点も評価ポイントとされている。

宮武ファミリー店の注文方法は各種Webサイトで懇切丁寧に解説されているので、予習十分。注文の順番が来たら即「あつあつの小!」と声をかけた。店員さんからだしをかけたうどん丼を受け取り、おあげを載せた。

澄み切っただし

原料の小麦粉は汎用されているオーストラリア産ASWを使っているという。小麦にこだわりがない分、製麺と茹で上げ(薪と大きな釜を使う)、だしに工夫を欠かさない方針。生地の仕込みも薪の火力も毎日の気象条件を勘案しつつ、細かく調整している。

麺は太く、あつあつでも十分コシが味わえる。特筆すべきはだしで、いかにも讃岐流の澄み切った色合い。イリコ味を控えめにして、鰹風味を加えて近年好まれる風味に合わせている。

おあげはやや辛めの味つけ。甘めのおあげに慣れている人には物足りないかもしれないが、私は辛いほうが好みなのでおいしくいただけた。ごちそうさまでした。

山内うどん あつあつ小+おあげ

このお店では大きな「げそ天」が有名だが、ツアーでもう1軒回ることになっているので、ここではパスした。山内うどんはうどん玉の分量もやや少なめと言われている。ここだけを目当てにする人には物足りないかもしれないが、1日で数軒のうどん店めぐりをする人たちにはかえって有利に働く。まず山内うどんで軽く腹ごしらえをしてから次に向かう計画を立てる人も多いという。

店内は中央に大きなテーブル、窓際に6人ほど座れるテーブル、そしてお座敷。まだあまり混雑していなかったのでお座敷に上がって食べたが、お昼どきにはかなりの行列ができるだろう。暖かい季節ならば外のベンチでも食べられるようだが、この日は気がつかなかった。

座敷席 最大7~8人座れる
窓際のテーブル席

過去記事加筆修正のお知らせ

この日はツアー解散後、お昼に「麦香うどん」を再訪して、うわさのクリーミーカレーうどんをいただきました。すなわち1日3店と、近年の私の胃袋にしては珍しく食が進みました。今回の香川県うどん店巡りに伴い、以前「忘れがたきうどん店」シリーズで執筆した

(6)鶴丸
(12)麦香うどん

について加筆修正を行いました。
また、「須崎食料品店」の記事に掲載した「香川県 私のお勧めうどん店」も改訂しました。
よろしければそちらもご参照ください。

最後になりますが、ツアーでお世話になった「うどんタクシー」運転手さん、およびご一緒に回った皆さまにお礼を申し上げます。当日は楽しいひとときをありがとうございました。







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