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「わたしのお嫁くん」から始めるジェンダー解体と性的同意のはなし

ドラマ「わたしのお嫁くん」が面白い。

歳を重ねるにつれ、いわゆるラブストーリーには手が伸びにくくなっていたわたしが毎週水曜の放送をこんなにも心待ちにするなんて、と自分でも驚いています。
同名の漫画が原作のこのドラマの主人公は、誰もが憧れるバリキャリだけど、家事が苦手なズボラ女子の速見穂香。そこに、家事好きな年下後輩男子の山本くんが彼女の"嫁"として名乗りを上げ、一緒に暮らし始めるコミカルなラブストーリー。漫画原作なのをいいことに時々時空が歪んだりもするけれど、それもご愛嬌と笑い飛ばしてしまえるくらいには楽しんでいます。(以下、ネタバレを含みます!注意)

9話、載せときます。


第1話は、どんなに仕事が出来ても周囲の男性からは嫁候補として見られてしまう速見の苦悩が描かれていて「なるほど、わりと社会派の方向性なのか」と思いきや、9話まで見た感想は「豪速球ストレートなラブコメ」でした。

この作品の脇を固めるキャラクターは全員もれなく濃く、出てきてはところ構わず大騒ぎするためにメイン2人が巻き込まれていくのがなんとも漫画的で笑ってしまうのですが、それがかえって「男性が"嫁"として女性を支える関係性」という主題の部分にスポットがほどよく当たり、あくまでも「これがこの2人のベストな形」として見せてくれるのが嬉しい。キャラは濃いけれど、この世界の住人は彼らの関係性を否定してはいない優しい世界です。

8話までの2人は、ルームシェアという形で転がり込んできた山本にだんだんと速見が惹かれてしまってギクシャクしたり、下の名前で呼ぶ・呼ばないでモジモジしてみたり、キスしたいのに謎のルールを設定して我慢してみたり。
2人とも恋愛下手なわけではないだろうにルームシェアという誰にも邪魔されないはずの環境下で、今どきの中学生よりものんびりモダモダと繰り広げられる恋愛模様が可笑しく、なんとも愛らしいのです。
(これは演じ手である波瑠さんと高杉真宙さんの、清潔感あふれる雰囲気も大きな要因かなと。性の匂いが薄いというか。2人並ぶと漫画から抜け出たみたいなビジュアルでビビる)

とか思っていたら、9話ではそろそろセックスしたいのにお互いのことを思いすぎてすれ違ってしまう回でした。8話まであんなにもだもだしてたというのに……ちゅ、中学生は帰った帰った!!

「付き合う前から住んでいる家でそういうことをするのはちょっと照れるかも」という彼女の気持ちを汲んで然るべき場所を用意してあげたい(=それまで手を出したくない)山本くんと、軽い気持ちで言葉にした自分のせいで手を出せなくなった彼氏の気持ちを汲み、温泉旅行をプレゼントする方法に出る速見先輩。そこに元カノという、ほど良いスパイスも加わってかわいいすれ違いの出来上がり。漫画か?(漫画です)

お嫁くんの好きなところは、こう見えて心情の揺れ動きを丁寧に描いてくれるところです。コミカルでハチャメチャなシーンの中でも、2人の心の機微をきちんと描いてくれていて、ここのさじ加減が絶妙だと回を重ねるごとに感じます。

わたしが9話で一番驚いたのは山本くんが作中でしっかりと性的同意をとっていたことでした。

ここ最近、日本でも性的同意年齢の引き上げや同意のない性行為を「不同意性交等罪」とするなど『性的同意』という言葉がよく聞かれるようになりましたよね。(わかりやすいサイトを載せておきます)

「もし先輩が本気で…俺ともっと近づきたいとか今日俺が足りてないなって思ってくれてるなら…それは俺もおんなじです。だから…もしよければですけど……部屋、戻ろうよ。先輩」

ドラマ「わたしのお嫁くん」(第9話)

自分の不甲斐なさにやるせなくなり部屋を出ていった速見先輩を追いかける山本くん。一度はすれ違いながらも、ちゃんと誤解を解いて、お互いの気持ちを確認しあった末のこの台詞のなかに「もしよければですけど」と入れるのは無粋だと感じるでしょうか。

俺様系男子との恋愛ものが一時期よく描かれていましたが「そんなこと聞かなくたってわかるでしょ」とあの頃なら笑われていたかもしれないし「ムードってものがあるじゃん」と一蹴されていたかもしれない。
これまで長らく「嫌よ嫌よも好きのうち」を様式美としてきたことも理解はしていますし、そういう時代を生きてきた人間として否定をするつもりはないです。男側からも女側からも、ある種のロマンを感じるのもわかる。でもだからこそ、この山本くんの相手を徹底して思いやる言葉がこんなにも胸に響くのかも知れません。

基本的に相手の気持ちを尊重しようとして上手くいかないパターンが多いのがこの2人です。自分の欲望で突っ走って傷つけたくない、この関係を壊したくないから大事にするし、何事にも筋を通そうとする。
原作はドラマが終わったら読むつもりで未読なため、どこまで遵守しているのか定かでは無いのですが、このタイミングで相手の同意をとるセリフを入れ込んだ制作陣に私は心からの拍手を送ります。(スタッフロールとTwitterアカウントで見る限りですが、原作者の柴先生はもとより監督さん・脚本家さん・プロデューサーさんなど主要な制作陣を女性で固めているようなのですよね……それって、結構影響が大きいのかもしれません)

思えば初めてのキスシーンは7話、朝の柔らかな日差しの中でした。病み上がりの速見先輩を抱きしめて「そろそろキスしてもいいですか?」と真っ赤な耳で問いかける姿に思わず悶絶したものですが、この時もこうしてちゃんと同意をとってるんですよね。でもそこで興醒めなんてしないし、むしろ女性は尊重してくれていると感じられて嬉しいんじゃないでしょうか。母数が少なくて申し訳ないんだけど、少なくともわたしだったら嬉しい。

そして、もう1つ驚いたのは男としてリードしようとする山本くんに速見先輩がかけた言葉です。

「一緒にしよう?」
「嫁とか旦那とか、彼氏とか彼女とか、年上とか年下とか…そういうの今はあんま関係ないのかも」「山本くんの『これがいい』とか『これがやだ』とか、わたしだって全部知りたいし」
「だから…一緒にしよう。ふたりで」

ドラマ 「わたしのお嫁くん」(第9話)

二度の「一緒にしよう」の破壊力が強すぎて一瞬記憶が飛びそうになりますが、そこをグッと堪えてください。あれをあの至近距離で受けた山本くんはよく耐えたと思います。

「嫁である前に彼氏だから」「彼女だけど旦那だから」とそれぞれがリードしよう!リードしなくては!と躍起になる2人。いつもの逆転した役割通りに進めるべきか否か、この2人ならではのかわいいやりとりに思わず頬が緩みますが、速見先輩が投じた一石は何もこの2人に限った話ではないのではないか?とハッとさせられました。

男だからリードして当たり前。
女だから大事にされる側なのは当然。

なんとなくそう思っていたけれど、決してそんなことはなくて。愛し合ううえで対等でいたいし、相手のことを尊重したい。そのためには一方的じゃなくお互いのことをちゃんと知るべきだよ、というその言葉を正面切って言える登場人物がいることに、なんというか、とても"令和"を感じさせられて感動してしまいました。ジェンダー解体にまで触れてるのすごいや…

男性が家事をする"嫁"として。
女性が家計を支える"旦那"として。
いわゆる"普通とは違う"2人の関係性。
でも、思いやりと相手への尊重は、属性に関わらず必要な事だとしっかり描いてくれるこのドラマが大好きです。

あと2話でどこまで描かれるのか分かりませんが、ここから先は完全にドラマオリジナル脚本だそう。この関係性はどういった結末を迎えるのか楽しみ半分、さみしさ半分ですが…きっとハッピーな終わり方をしてくれるはず!
わたし、信じてるから!!!

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