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もやもやを形にしたら、誰かに寄り添ってた

Tumblrのフォロワーさんは圧倒的に外国人が多いけど、日本の方もちらほらいる。
その中でも、日記としてTumblrを使っている女の子が意外と多い。

Tumblrっていわゆるいかがわしいページもたくさんあるので、定期的にそういうの外していくんだけど(リブログされたくないので)、その過程で「日本語っぽいなー」と思って気まぐれに見てみたサイトが、けっこうな確率でそういう日記だったりする。
たぶん多くが10代〜20代半ばくらいで、彼氏と別れたけど忘れられずにいる子や、漠然と将来に不安を抱きながらバイトを続けてるような子。孤独と戦ってたり、闇を抱えている子。そういう状況だからこそ日記書くんだよね。

写真を撮る人よりも、そういう人に多く見られている。
あれ? 私の写真は、もしかしてそういう人の気持ちに寄り添うものになってるのだろうか。と思った。

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もちろん全く意図していないけど、たしかに底抜けに明るいものは載せないし、人が写ってないからリア充感もあんまりない。応援歌のような写真は撮らないし、撮っても載せない。

そして少し気持ちが落ちてたりもやもやしてる時ほど、写真を組みたくなるのだ。
組むことでもやもやが形になって、昇華されるような気がしている。
現像も組写真もだいたい感覚優先なので、もしかしたら心情がそれとなく滲み出てるのかもしれない。
悩んでる人にとっては、何も言わずに寄り添うくらいがちょうどいいんだと思う。

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そんな人たちのことをいつもチェックしてるわけじゃないけど、そのうちリアクションに現れなくなったりする。
飽きたのかもしれない。
いや、そうじゃなく、立ち直れたのならいいんだけどな。

Tumblr → i k i n u k i

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