靴選び第一章_ジャバウォックとの邂逅

その日わたしは怒っていた。

レアキャラである配偶者が家にいることではしゃぐ息子と、ろくに片付けもできない子供より何より自分優先の配偶者に対して苛立っていた。加えて昨今SNSやニュースでたびたび目につくのは生理や妊娠出産について理解の浅い男性による頓珍漢な発言ばかり。自分個人ではどうすることもできない規模の不特定多数に対して嫌気がさしていた。配偶者のことは普通に嫌いだ。

大体女性にしか出産はできないのに、一般的に女性らしいとされる華奢な靴もヒールもふんわりとしたスカートや揺れるアクセサリーもロングヘアも、全て育児には向かないではないか。(それらをきちんとお手入れしながら身につけて育児をしている人は素敵だと思いますが、わたしには機動力の低さを我慢してまで身につけたいものではないのです)

女性らしさの追求にすっかり興味を失ったわたしはもはやお洒落したい時ですら物理的に武器になりそうな太いチャンキーヒールの靴しか履かなくなっていった

少し前から自分の軸となる靴を探し始めた。

手持ちのアイテムをアップグレードすることは定石であるが果たしてこの中に自分の軸はあるのか?と自問する。ない。ないのだ。なぜなら機能性重視のスリッポンやレインブーツ以外は「合わせやすそう」「なんにでも合いそう」「この値段なら買ってもいいだろう」という自我のない理由で選んだものばかりだからだ。私が手に入れたいのは、「これしか履きたくない!」「毎日一緒に過ごしたい!」と思えるような運命の一足だ。



ファッションについて考える時、よく学生時代を思い出す。自由で、縛りが少なく純粋に楽しんでいた自覚があるからだ。そして卒業後就職先の研修が始まるギリギリまでスーツ販売のアルバイトをしていた。

あまり大きくない、あまり都会でもない店舗だったがそれなりに期待はされていたようで配属された社員のほとんどが売り上げの高さを誇る店舗から集められた精鋭だったらしい。その中で一番若い男性が靴を担当していた。『都内と比べると需要は低いかもしれないけれど、俺は自分が格好良いと思う靴を沢山の人に見てもらいたいんだよ』慈しむような、お気に入りのおもちゃを手に取った子供のような目をしたその人の言う通り、私の行動範囲内では到底履いている人を見ないようなドレスシューズが売り場には並んでいた。売れ筋は勿論、フォーマルな内羽のストレートチップやプレーントゥの黒だ。でもそこには本当に何でもあった。吊るしのスーツは膨大な種類があり、靴と同じ色が選べるようベルトも微妙な色違いが沢山あってトータルして最適なものを選べるようになっていた。メダリオンが華やかなスリッポンも重厚感のあるダブルモンクもカラーバリエーションが3種類はあった。革靴の種類や製法、ケア用品の選び方、手入れの仕方からおすすめの接客方法までその人が全部教えてくれた。わたしは仕事の中で接客以外では靴を磨くことが一番好きだった。

対して女性がスーツに合わせる靴はまだヒールの高い硬いパンプスしか選択肢がないような時代だった。少し多く払ったらあの華やかな男性ものの靴が買えるような値段の私の靴にはやっぱり意思がなかった。どうしても比べてしまうが一般的な足のサイズの私が紳士靴を履けるはずもなく、憧れを靴を買いに来たお客さんに語ることで気をよくさせ紛らわせていた。



話は最近に戻る。

あきやさんの教えの通り、値段の高いものから見ていくことにしたわたしは靴に力を入れている(という表現があっているのかわからないけれど)ブランドにいそいそと出向き試着したい靴を選んで店員さんに声をかける。
予めオンラインで目星をつけていたが、やはり実物を見ると何かただならぬオーラを感じる。足を入れる前に靴のつくりを観察しながら、嫌な客だ、と思う。(私は兄の付き添いで某紳士服店に行ったときに商品のジャケットを丁寧に観察している姿をそこの店長に見られ、兄についていた軽薄そうな若いスタッフと無理やり交代する場面を作ったことがある。あの時の皆さん本当すみませんでした。)

わたしが着ているのはいつもと同じ「かわいい」服だったが、重厚感のある靴を履くと一変し全身の印象が「かっこいい」「意思が強い」と強さを感じるものに変わっていた。同時に自分自身が見た目を含めて格上げされたように感じた。なるほど、靴の力とはこういうことかと妙に冷静に納得する。

そのあとで決して華奢ではない太め低め(5センチくらいかな)のヒールを履いた自分は、確かに脚が長く見えるがとても弱々しく感じてしまった。
同じ「かわいい」服なのに、靴が違うだけでこうも印象がかわるものか。
極端に高い靴を見ただけでは正直ピンと来なかったが、次に「いつもより高いけれど買える範囲のもの」を見たのは正解だった。
まず製法が違うのだ。先に見た靴は縫い代がある分ボリュームが出るが、後者はすっきりとしたシルエットに女性らしさを感じる。正直、男性ものならばそこそこ出せばセメント製法ではない靴も見つかる印象はあるが女性ものは中間がないような気がする。あったら教えてほしいです。



なりたい自分の姿を考えた時、昨年末からずっと頭にあるキーワードは「力強さ」だった。奇しくも同じ時期に撮影されたと思われる書き初め動画で自担が力と書いていたので思わず笑ってしまった、同じ電波受信してる?


もう一度オンラインショップを眺めながら革靴を試着した時のことをかみしめながら自問自答すると頭の中で声が聞こえた気がした

『力が欲しいか?』

その日の目的は試着のみと決めていたせいか靴ときちんと向き合うことができていなかったことを反省した。あの靴は出会い頭わたしに語りかけていたのではないか。そんな気がした
わたしが応えれば、きっと靴は力を与えてくれる

ジャバウォックはアリスの憎悪から生まれた兵器だ。その力は人間にはそう簡単に制御できない。ジャバウォックと共に生き、共に滅びる覚悟を以て初めて操れるようになるのだ(ARMSわかるガールズは友達になってください!)

『靴は自己評価』という言葉の真理はそのブランドを、その靴を身につけるのに相応しい自分であるという覚悟が必要なのだと悟る午前0時過ぎ

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