ブルックリン奥地 原点回帰

今週頭、永住権取得の最終段階で指紋を取りにブルックリンの奥にある移民局に行ってきた。

いつも子供達が一緒で、そうすると電車で行くのはツライのでキャブで移動していた。
この日は、わたし1人だったので地下鉄を乗り継いで行ってみた(1時間ほど)。

我が家はブルックリンといっても、マンハッタンから電車で2駅、10分もあればマンハッタンに行けてしまう距離。
今回行った場所は、地下鉄で東へ進み、ホットドッグの早食いで有名なコニーアイランドの手前。

同じブルックリンでもかなり雰囲気が違って、廃れたお店や廃墟、聞き慣れない言葉が飛び交う街。
10年ちょっと前のニューヨークを思い出す。
少し警戒しながら、早歩きで道を進める。
2001年頃の我が家の周りもこんな感じで、暗い時間はあからさまな態度はしないけど油断はせずに家まで急いだ記憶がある。
なんだかこの感覚が懐かしかった。

近所では歩いていた友人が、PCカバンに入っていたmacbookを強奪されたこともあったし、家の前で高校生達に襲われてiPhoneを奪われそうになった親友もいる(彼はアメフトの選手だったので返り討ちにしたそう)。
あの夜、わたしは家の中にいて「うるさいなー、何騒いでるのかなー」といつものことくらいに思っていて、まさか友達が襲われているなど夢にも思わなかった。そのまま寝て朝にそのことを聞いて、心臓が飛び出るほど驚いてしまった。

今のニューヨークの街は、iPhoneを手に持って歩いてても引ったくられる話はあまり聞かなくなった。
どこを歩いても安全だし、夜中に地下鉄も危険を感じない(わたし達の居住エリア)。
段々と人も増え新しい建物も建ち、いわゆる貧困層の人たちはマンハッタンに近いエリアに住む余裕はなくなって奥へ奥へと追いやられていく。

もちろんこういうエリアを好んで選んで住む人達もいる。
アーティストが広いスペースを求めてくる。
かつてこのウィリアムズバーグがそうであったように。
もしくはのんびりしたところがいい人達もいるかもしれない。
またはこの辺には第2のチャイナタウンがあるので、中国人の人たちが固まって住んでいるところもある。

実際にこのセンターの周辺には、漢字のお店がたくさんあって、アジア人もたくさんいた。
しかし線路の高架を越えた向こう側は、今度はユダヤ人街だ。
建物にはヘブライ語が書かれていた。

ここを歩いていたら、なんとなく昔の感覚が蘇ってきて不思議な気持ちになった。
あぁ、わたしはこういうところからニューヨーク生活を始めたんだった。
希望と不安に毎日揺れ動いて、でも日々が刺激的で…
気がついたら今はたくさんの友達がいて、家族がいて家があって…
こんな日をあの時は想像できなかった。

でも、こういう感覚は持っていたいなとは思う。
安定した毎日わたしには少し退屈なのかもしれない。
だからこの街が好きなのかな。
新しいことにどんどん挑戦していける街。
今日と明日で運命が変わる街。
今はどうなのかな。

でも、わたしは明日が楽しみで仕方ない。

いつも応援ありがとうございます♪ アメリカは24時間子供につきっきりなので(シッターなどを頼むなどしないといけない)、子供といながら自分なりに楽しく頑張っていきたいと思っています。 サポートもありがとうございます!助かっています。 日本に帰る費用、新しい機材の購入にあててます。