#アナフィラキシー

「私たち〇〇メン〜!」

「今日も今日とてチーム〇〇」

とかいう風に、

集団の中で自分たち数人を見えないロープで囲ってある種の排他的なつながりを作ろうとする行為、

そしてそれをしょっちゅう行う人間に対して私は強い嫌悪感を抱く。

それも、その数人に自分が含まれてしまった時は最悪だ。本当に気分が悪い。


ここでは「ある集団の中の数人」と言うのがポイントで、

ある集団、例えばクラスやサークル、部活動、委員会の部署等々のチームそのものに所属する人間がその集団への帰属意識のもとで発言する

「〇〇メン」、「チーム〇〇」

に対してはなんの違和感も覚えない。


「嫌悪感を抱くものに対してはキライなままでいいからその理由を突き止めなさい」これは高校時代の地学の先生の言葉だ。


考えた。結構考えた。

......実を言うと、この文章は半年ぐらい下書きのままで、

今日やっととりあえずの答えが出たのだ。



私はたぶん一人ぼっちになりたくないんだ、

と思う。


小6の頃、私は3人組で仲良くしてた。


でも委員会決めの日から、地獄の日々がはじまったのだ。

その日、二人は

「保健委員一緒にやろう」

と誘ってくれた、のに

私はその二人とは違う委員会に入った。


どうしても放送委員になりたかったのだ。

お昼の時間、

マイクから全校に自分の声を発信できる、(J-POPはダメとかいう謎なルールはあったが)自分の好きな曲を流せる、

放送委員に憧れていた。


保健委員は忙しい らしかった。

昼休みは毎回、

「かならずじゃないけど」

保健室に行かなければならない らしかった。

保健室の先生と仲良くなった らしかった。


私は毎日一人ぼっちになった。

二人に

「一人ぼっちにするなんてひどい」

と言った。


そうすると二人は

「一緒にやろうって誘ったのに放送委員になったのはそっちじゃん」

と言った。

ど正論、、、、なのかもね?



でも、なんかずっとさみしかった。

一人ぼっちは本当に辛い。


とりあえずトイレに行く。でも休み時間は終わらない。

長いんだな、これが。

去年までは昼休みが足りない!なんて思ってたのに。


教室で一人で本を読むのは「ダサい」。


私はやがて図書室に行くようになった。

図書室にいるときは

図書委員も秘書さんも私には無関心で

自分が埋没できてるような気分になって心が安らいだ。



、、、、、、そう、私は

再び一人ぼっちになるのが怖いのだ。

誰かをハブること、それはいつか自分がハブられる対象になるかもしれないという危険を孕む。

嫌悪感の正体は恐怖だったのだ。たぶん。



そんなわけで私は、誰かを排除する、そんな思考を彷彿とさせる言動にはアレルギー反応が起こってしまう。

だからおねがい。

私をタグ付けした写真で

「#チーム〇〇」

って語るのはやめてくれ〜〜〜〜〜〜〜




















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2

なん

大学生、20歳です。
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