元気柔道
「おいらダメみたいだ…おいらはダメなやつだ…」
そう言ってうつむく若い男の後ろから、ワシはそーっと近づいて、
「ダメでもともと!!」
と、頭を思い切り叩いた。
男は衝撃と驚きでよろける。
ワシは、今度はこぎみ良く、
「ダッメでっ、もっともっとっ!!」
と言いながら、リズムに合わせて、
バンッバンバンッ!バンッバンバンッ…ッバァァン!!
と、後頭部を平手で叩きつけた。
すると男は元気になり、謝辞を述べて走り去って行く…。
ワシは、特別な能力を持っている。
先ほどのように落ち込んでいる人を思い切り叩くと、元気を出させることができるのだ。
その様から、ワシは「喝男(カツオ)」と呼ばれるようになった。
そもそもこの能力を手に入れたのは、「病み病み金融」という業者にお金を工面してもらいながらカツカツな毎日を送っていた頃、お腹が空いて道端に生えてた木の実を食べたら、それがたまたま「カツカツの実」というものだったからである。
職場や街中で落ち込んでそうな人を見つけると、ワシはボランティアで思い切りぶっ叩いてあげたりしている。
例えばパソコンのキーボードを叩きながら溜息を吐いている人がいたら、後ろから思い切り頭を叩いてあげて、その衝撃により顔面でキーボードクラッシュしたりして。
すると、周りの人も笑ったりしてみんな楽しそうだから嬉しいな。
一方で、最近は全国から依頼も来るようになった。
先日なんかも、ある男性から元気を出させて欲しいと依頼が来て、快く応じた。
精力善用、自他共栄…中学の時に柔道の授業で学んだ嘉納治五郎氏の精神は、今もワシの迷いのないぶっ叩きに生きている。
ところで、その男性の依頼理由というのは、結婚翌日に妻に不倫がバレてしまってがっかりしているところなので元気を出させて欲しい、ということだった。
ワシは男性宅まで行きインターホンを押すと、確かに落ち込んでいそうな男性が出てきた。
男性は言った。
「喝男さん、早速お願いします」
ワシは目をつむったまま無言で頷くと、瞬間、カッと目を見開き男性をぶん殴った。
男性は顔を腫らしながら満面の笑みを浮かべ、家の中に入っていった。
すると、またもや男性が落ち込んだ顔で出てきた。
なんと、妻に「不倫野郎が何を楽しそうにはしゃいでいやがるんだ!」と叱られてしまったらしい。
ワシは出血大サービスでもう一度男性の顔をぶっ叩く。
男性も鼻血を出しながら嬉しそうに戻っていく。
しかし、また叱られて出てくる。
それをいくらか繰り返す。
何度目かで、男性は玄関先で笑顔のまま眠ってしまった。
うん。元気、出たみたいだな。
ワシは帰路についた。
歩いていると、落ち込んだ様子の人がワシに声をかけてきた。
また殴って欲しい人が来たのかな?と思っていると、
「握手してください!」と言われた。
ワシはキョトンとしながら握手をすると、その人はみるみる元気になって笑顔で去っていった。
どうやら、「カツカツの実」の能力は、触れるだけで落ち込んでいる人を元気にしてあげられる能力だったらしい。
つまり、殴りまでする必要はなかったのだ。
ワシは空を見上げて、呆れ笑いを浮かべながら「今までの苦労返せー!」と叫んだ。
今日も依頼がやってきた。
ワシは依頼者の元へ到着した。
すっかり落ち込んでいる様子の依頼者と対面したとき、依頼者はワシを見て、「服ダサっ…」と呟いた。
ワシは目に涙を浮かべながら拳を振り上げた。
#なつぞら #小説 #エッセイ #森鴎外 #嘉納治五郎 #叶姉妹 #フォーマルなジャケットスタイルに抜け感を演出する瞬足で差をつけろ
ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。