大手ブラック企業で心がけていたこと

大手ブラック企業に勤めていた頃、隔週で革命の首脳部(本社)に全労働者が呼ばれて、偉大なる指導員同志らのありがたいご教示を2時間延々といただく会がありました。

ご教示の内容はざっくりいえば「数値目標を決死擁衛せん」。数値目標を達成できなかった部署は名前を呼ばれて、全労働者の前で自己批判をしたり、次への対策を述べたりしました。北朝鮮でいういわゆる生活総和というやつです。

私はこの会を「党大会」と名付け、持ち前の革命精神で楽しみました。

まずは襟に付ける社章。私はこれを左胸の金日成バッジを付ける位置につけました。これがないと注意されるのです。まさに北朝鮮。可愛い服に社章の跡がついて生地が痛むのは悲しかったけれど、粛清されたくないのでつけました。
また、偉大なる指導員同志のご教示はありがたいことに大変長く、金正恩委員長の「新年の辞」並みに長かったのですが、ちょうどその頃我がデイリーNKジャパンで「新年の辞は読む睡眠薬」という記事が出ていたので、雇用する側から提供された聞く睡眠薬だと思い、愉しむことにしました。まず、偉大なる指導員同志がありがたいお言葉を述べていらっしゃる時間、周りを見渡します。するとどうでしょう!聞く睡眠薬にかかった労働者諸君が半数以上心地よい眠りの世界へ脱北しているのです!以来私は、ご教示の時間、寝ている労働者を見て愉しむという趣味に興じることができました。

また、北朝鮮では金正恩委員長が現地指導などでご教示なさる際、周りの側近が熱心にメモを取ります。私もそれを倣い、いただいたレジュメが真っ黒になるくらいご教示の中で気に入ったお言葉のワンフレーズをなんどもなんども小学生の漢字練習並みに書き連ねました。メモとしては全く意味をなさず、なおかつレジュメに書いてあった文字すら読めなくなってしまいましたが、お話しなさる偉大なる指導員同志からは「熱心にメモをとる労働者」に見えたに違いありません。あまりに暇なときは、歴代天皇のお名前を神武から書き連ねたり、伊藤博文から安倍晋三まで歴代総理大臣のお名前を書き連ねたり、暗記していた教育勅語を書いたりして、2時間ひたすら紙に何かを書き続けました。

私は2年でこの大手ブラック企業を脱北したので、在籍していたそのほとんどの時期が「新入社員」だったのですが、一つ心がけていたことがありました。
それは、本社に行く際「入社5年目ファッション」をすること。上下と靴カバンセットで2万円程度のペナペナなリクルートスーツを着ている社員ばかりの会社だと思われたら、せっかく私を雇ってくれたのにブラック企業がかわいそうです。そこで、「たくさん給料をもらっていそうな社員」を徹底的に演じました。実際は手取り20万程度のお給料でしたが、家族の絶大な協力体制のもと、毎回月給の5倍程度の装飾品を身につけることを徹底しました。こうすることで、よその人が私の姿をみて、「あら、さすが大手ブラック企業!お給料がいいのね」と思ってブラック企業の好印象につながります。私がいつも恩情をかけてくださる大手ブラック企業に貢献できることなんてこれくらいしかありません。エルメスのバーキンの25が色違いでたくさんあるので何度か持って行きましたが、毎回もらう資料がどう考えてもカバンに入りきらないので例のごとく駅のゴミ箱に捨てました。
また、会社のロゴが赤と青と白で北朝鮮の共和国旗とお揃いだったので、普段から身につけているアカい靴やバッグが大活躍しました。出勤時間は「赤いバーキンに青いスカーフコーデ☆〜社章の色に合わせた愛社ファッション〜」が、退勤してからは「革命のアカいバーキンに青いスカーフコーデ☆〜共和国の色に合わせた愛国ファッション〜」に早変わりするのです。なんとも効率がよく、我ながら最高のブラック企業に勤めていることを幾度も実感しました。

こうした一連の行動は、おそらくほかの労働者の目に大変嫌味な新入社員として写ったことでしょう。けれども、そんなことで嫌味を言うような小さい人間に何を言われようと、それは僻みでしかありません。ネット上で悪口を言ってくるネトウヨ同様、そんな人のこと相手にするだけ時間の無駄です。どうせいつかは辞めるブラック企業での人間関係なんて、どうでも良すぎて気にする価値もありません。こうして私は、社内で次第に国際的孤立を深めます。その様相はまさに今の国際社会における北朝鮮のポジションそのものでした。

脱北成功後、このように大手ブラック企業のことを回想すると、私自身が社会(主義)人(民)として雇われるのに向いていなかった人材であることがよくわかります。けれども、あの党大会をあんなに楽しんだのはおそらく歴代労働者の中でも私くらいなものだと思います。今もなお、あの大手ブラック企業で働いている元同志諸君がいれば、ぜひ党大会の楽しみ方として参考にしてみてください。

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