東京で人が物に見えた日の記憶

1年半前、憧れ続けた東京での生活を約7年で諦めて
地元に帰ってきた。
的確に言えば、帰らざるを得ないほどに弱っていた。

強気でいられる私のアイデンティティは、【=東京】わたしに自信をつけさせ、17のわたしには想像できない世界を少しだけ覗かせてもらったように思う。

10代の頃、他人を干渉する田舎らしさが嫌になって
とうとう自分を肯定できなくなった。
プッツンという音とともに、全てが崩れ去った。

東京の人は、いい意味で他人に干渉しない。
人に溢れていて、六本木で芸能人を見かけても、ただそこに存在して生きている人になれる。
それがみんな自分の人生に夢中になっているということに気づいたのは、最近なのだけれど。

去年の秋、一年ぶりに東京に旅に出た。
ボロボロになって帰ってきた私の、決別への挑戦だった。

友人に以前から勧められていた雑司が谷の占い師さん
美輪明宏さんの舞台
前の会社の同期
学生時代の友人
元彼

みんな、生きていた。雑司が谷は美しい場所だったし、
美輪さんだって人間なのだと知ったし、
同期は順調に成績を伸ばしていたし
友人も新たなことに挑戦していた。
一番お世話になった元彼は、立ち止まっているようにもみえたけれど、
それでもやっぱり進んでいた。

みんながすごい人に思える。
弱気な私に強気な衣を被せてくれた【東京】は、常に自分の足で立ち続けることを教えてくれた。

都営三田線に揺られながら、いつだって扉の近くにいた私はもういない。ふと目線を上げると、
そこには疲れ切った顔でぼーっと佇む、見慣れたわたしがいた。
【そうそう、これこれ。これが私】

7年近く見続けた自分の顔に安堵を覚える。
実家で鏡の前にいる自分を見ても、いまだにこれがわたしだ!とは思えない。

いつも新幹線だったのに、
高速バスで帰路に着いた。
豊洲のバス乗り場には、人が溢れ帰っている。
22:40のバスに乗るために、東京駅でキャリーバッグを取りながら
急いでバスターミナルまで走る。

小雨が降り出し、傘を持ちながらお土産とキャリーバッグに
ショルダーバッグ。
元彼のお母様がプレゼントしてくれたもの。
不思議な事に、東京滞在中に金具が壊れて
使えなくなってしまった。

壊れたショルダーバッグを手に抱えて
たくさんの思い出はもう存在しないことを実感した。

【人が物に見える】

横断歩道で信号待ちをしながら、1人佇むわたし。
日曜だというのに、サラリーマンが駅に向かって歩いている。
目線を上げれば、高層ビルだらけ。
ほんとにこんなミニチュアみたいな世界に、人がいるのか?

人が物に見えていることに気づいた瞬間だった。
私はいつの間にか、東京というミニチュアみたいな世界の中で
躍り狂おうとしていたのかもしれない。

人から干渉されたくなくて、誰にも知られず人混みに紛れて生活したかった18歳の私はいなくなった。

26のわたしは、
人が感情を持った生き物で、
気持ちが通って生きているものだということを知りたいようだ。

#エッセイ

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旅に行きたいなあ…

( ´ ▽ ` )♡
16

liz

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コメント3件

あなたの文章に心打たれました。
昨日、東京から新幹線で帰ってきた田舎の女子大生です。関東に住む恋人に会うために何度も何度も夜光バスで訪れた街でした。昨日は東京で雪が降りました。雪国からやってきた私にとっては皮肉なことに思えました。実は恋人とお別れしてきたのです。彼と歩いた記憶の中で東京は輝き続けています。次に訪れるときはどんな風に見えるのかなぁと感傷的な気持ちです。
そんな風に言って頂けて嬉しいです。
この文章だけは残しておきたかったので、誰かのためになったのだと感激しています。
今、乗り越えた先の未来にいます。
あの頃の自分とは違う自分に出会っています。
簡単なことではないけれど、その先にあるものを見つめられたら、と思います。
コメントありがとうございました!
50代の関西人男性です。29歳から一年間だけですが、単身赴任で東京生活をしていました。私が住んでいた街は下町で、人情味に溢れてました。地方出身者の人達が多かったので私の事も快く受け入れてくれ、優しく接してくれました。そのお陰で、東京人に対する変なイメージはあまりありませんでしたね。地方別の習慣や考えは違いがありますが、やはり最後は「人間」ですね。
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